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【連載小説】香水のように(第1話・起)

 ある科学者が言った。
「世の中の起こる出来事は、すべて必然である。」

 偶然の出来事は、因果関係による必然性によって引き起こされたものである。

#1
 弓良サトルは、夕方の会議に入った隣の席の女性から、香水のにおいを感じた。
 フェロモンに香りがあるとすると、きっと、この香りだ。甘酸っぱく、切なく、情熱的な香りだ。

 しかし、男たるもの、「その香水いいね。」
とか「どこの香水を使ってるの?」
とかは、タイミングが必要な質問だ。応えてくれそうな間合いが縮まり、丁度良さのゾーンに入らないと聞けない。
 こんな時は、どう対処すべきだろうか。

 サトルはとりあえず無視することを選んだ。香水なんて気付いていないフリをする。
 もしかして世の中の男性のほとんどがこのパターンではないだろうか。
 聞きたくとも、聞けないのが世の常だ。

#2
 会議が始まった。会議はいつも通り進む。
 みんな疲れている。だって今日は金曜日だから、
 疲れが溜まってるのだ。
 唯一の息抜きは、休憩時間、煙草を吸って気分転換を図ることくらいだ。
 香水の彼女も、煙草を吸いに来た。フェロモンのような香水も纏い、颯爽と。
 
 心の奥に突き刺さる視線を感じた。目が合った。
「お疲れ様です。」
「疲れたね。」
 それは、火をつけて熱のこもったタバコの先端が「ジッ」と燃える音がするような瞬間だった。
 
 長い会議の終盤の合間の一服のタバコは、最後の気力をつなぐブースターのような役割がある。

 「このタバコが、やめられないんですよね。」

 まだ、タバコの喫いかたにもあどけなさが残る、少し悪びれた小悪魔的な要素も備えた新卒の彼女だ。
 「会議もようやく終わるね。」
サトルは、視線の先の彼女に声をかけた。

 「はい、そうですね。長かったですねー。😅」
 彼女は、少し疲れた様子で煙草を喫って窓の外の夜空を眺めた。
 
 彼女の名前は樫村サユリ。
 議事録を作成するため会議に出席していた。秘書的な仕事、営業の仕事もこなす。新卒社員だから、なんでもがむしゃらに仕事するスタンスの彼女は、夜の会議には出席はしなくても大丈夫だというのに自らすすんで、参加している。
 そして、マイPC持参で、ひたすらキーボードを打ち込んでいる。
 
 「長い会議なのに大変だったね、ちゃんと残業申請してよね。」
 サトルは気を使って言ったつもりだ。
「残業申請って、何ですか?」
彼女は、とても真面目な顔で聞いてきた。
「えー、残業申請知らないの?」
サトルは、心配になり聞いた。
「わたし、新卒なので、勉強の意味で、自らすすんで出席させていただいている身なんで。」

 彼女は、この4月に採用された新卒の社員だ。

 面接は、代表とサトルが二人で行い採用した。
 採用面接の時の彼女の印象は、真っさらな白いキャンバスのようだ。これからの未来にどのような絵を描くのか。

 いつもどおり、会議の時間は二十一時を回っている。一日働いた疲れとストレスが入り交じる時間帯だ。
  部長が、目をつむりこっくりこっくりと船をこぎ始める。
 つまりこれは、眠りに落ちるのがこの時間帯で休憩の合図だ。月例会議は、いつもは社長と専務、部長と課長が集まって会議が始まる。その中でも社長が指揮をとって進められる。
 
 「今週の、受注状況はどうなっている?新規の商品開発の試作品の反応はどうだ?対応先リストを見せてくれ。」
 矢継ぎ早に、社長は樫村に指示する。
樫村サユリは戸惑いながら、資料をめくりデータを拾い集めて一所懸命に説明している。
 
 社長は、トップダウンで、目標に対して達成するための課題の解決策を樫村に指示として与え続ける。
 彼女は、その指示に応えようと一生懸命に準備をした。その報告書の作成やデータ整理をサトルが手伝っていた。
 サトルは、経営士の立場で、このプロジェクトを立ち上げから運用に至るまでサポートしており、樫村の面接にも社長と同席するくらいに、信頼を得ていた。
 
「帰りにラーメンでも食べて帰る?」
 サトルはいつもながらに彼女を気遣って聞いた。 
 
 部長と課長の二人と彼女でお決まりのコースで、不完全燃焼の部分の昇華作業(いわゆる凝り固まったストレスを発散する作業)のため、いわゆる「愚痴を言い合う会」と言う名の「反省会」がある。
 
 会議では、いつも社長と専務の二人が会議を主導しており、表面的な賛同はするものの、二人に意見を言えなかった分、余計にラーメン屋では、部長と課長が主導権を握り盛り上げる。
 
 部長の長瀬はいつも言う。「代表の夢を語る話くらいから、もう何回か寝落ちしちゃって、早く終わんないかなと思ってさー。」
と疲れ気味に話した。
 
「会議の最後の方は、寝てらっしゃいましたよね。😌」
 樫村は、冗談交じりにつっこみのリアクションをした。
 
 「眠たくもなるよなー、五年も先の未来の夢の話をされても、実感わかないよなー。」
 課長の井上は言った。
 
 いつもこの二人は、ラーメンのミーティングの後、街にでて酒を飲むらしい。そんな他愛もない会話と、ラーメン替え玉無料を頼むのがこのミーティングの締めとなる。
 
 「炭水化物は控えめにしているので、私は良いです。」

 樫村サユリは遠慮がちに言った。

「じゃあ、お疲れさま。」

 そういわれて先に、いつも帰るのだが、この日は、電車で通勤して帰るサトルに気をつかった。
 
「駅まで送りましょうか?」
 「じゃあさー、駅まで送ってもらったら?」
と井上課長から優しい言葉をかけてもらった。

樫村にサトルは駅まで送ってもらうことになる。
 
 「助かったよ。ラーメン替え玉はさすがにこの時間はきついわ。声かけてくれてありがとう。」

 送りの車の中で、樫村は、プライベートな話もしてくれた。
  「わたし、ここを受ける前には、ライズアップと言う会社にも受かったんです。でも、こちらで面接をしたときに、ベンチャー企業だから学ぶことも多いだろうなと思って、あえてこちらを選択して就職したんです。」
 
「えー、なんで?絶対そっちの方が良くない?バスケットボールのチームのスポンサー会社だよね。」サトルは不思議がって言った。
 
 「でも、私は将来いつかのタイミングで、起業したいんですよね、だからこちらを選びました。ユミヨシさんから面接の時に、起業するのに必要な創造性がこの会社にはあると言われて本当にそう思います。学ぶことはとても多いです。」

 彼女は、未来を見据えるように、運転をしながら、目をキラキラさせて、疲れも見せずに言った。
 
「若いのに、起業したいってすごいね。この会社は、始まったばかりの会社だけど、実は、会社内では役割分担が出来ていて、長瀬部長は食品製造が得意で、今のプロジェクトの素材を加工できる能力があるし、井上課長は営業力と人脈があるんだよ。それぞれの分野で、力を発揮してる。

 あー言って、いつも愚痴も言うけど、一致団結してるんだよ。僕も微力ながらサポートするからさ、気軽に何でも言ってよ。」
  
「ユミヨシさんは、先輩みたいで頼もしいです。頼りにしています。」
 
 車中で、彼女は、サトルの目を見て、微笑んで言った。彼女は、駅に着いてから、見送られる時も、わざわざ、ハザードランプを点灯させ、車から降りて、「お疲れ様です。」
と一礼してサトルを見送った。
 
  5月のある日、社長から、「ビジネスマナーとか新入社員研修のできるエキスパート派遣をお願いできないかな?樫村は新卒だから、まだ、電話の応対とか、営業のイロハから教えてもらいたい。」
 さっそく仕事だ。

 サトルは即座に、「できますよ、ひとり、管理者向けの研修をやっている方を知っていますので、打診してみますね。」
 そう言って、心当たりの専門家に電話した。経営相談を受けて調整する。それが彼の仕事だ。
 
 専門家は、大澤先生という管理職向け研修をしている40代の女性の経営士で、彼女とは意気があうのではないかと思った。

 「わかりました。簡単な企業概要と代表の方に先に話をしたいので、事前にヒアリングさせてください。」
大澤先生は即答した。
そして、社長にその旨を伝えた。
 
 社長の内諾を得たので、まずは、現状のヒアリングを行う。先生は、支援の要望を的確にヒアリングされて、労務関係の支援が始まった。そして、少しずつ改善提案が始まった。
 
 労使の双方から相談を受けるようになり、彼女との距離が少しずつ縮まっていった。

 一通りの仕事の段取りができたある日、樫村から夕方の仕事終わりに電話があった。
 
「どうしたの?かしこまって」サトルが言った。

「労務相談ありがとうございました。ユミヨシさんにお礼がしたいから、ご飯をご一緒しませんか?帰りに車で迎えに行きますよ。」
 
 彼女からの誘いの電話に、少し驚いた。

 「いいよ、いいよ。お礼なんて仕事だから。気にしないで。」と遠慮がちにいった。
 
 「でも、実は、お話ししたいこともあるんです。だから、お忙しいとは思いますけど、来週どこかでお仕事が終わってから、お時間つくってもらえませんか?」
彼女はかしこまって聞いてきた。
(うーん、相談事かな。・・・少し考えた。)

「わかったよ。来週火曜日ならいいよ。」

「来週の火曜日ですね。楽しみにしててくださいね。」と彼女は付け加えた。

「そういえば、二人っきりで会うのは、初めてだな。」
サトルは、自分を落ち着かせようとつぶやいた。
 
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#私の仕事

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