子育てエッセイ : くるみ割り人形 木の玩具は少しずつ子どもの心を掴んでいく

1994年、僕はドイツへ短期出張に行った。
ドイツに行けるので、当時2歳だった長女にドイツの木の玩具を買って来てあげようと思っていた。

ところが、ちょうどお客様で品質クレームが出てしまったことから慌ただしい出張になってしまい、
会社と家にチョコーレートのお土産しか買う時間がなかった。

ところが、悪天候によりフライト時間が1時間遅れることになった。
僕はその時間を使ってフランクフルト空港内のショップを見て廻った。
長女向けのお土産が見つからないなか、僕は木の人形が沢山置いてある店を見つけた。
くるみ割り人形の店だった。

チャイコフスキーのくるみ割り人形という曲で、
くるみ割り人形の存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
店のなかには、大きさも形もまちまちな、くるみ割り人形が展示されていた。
店の奥の棚に置いてあった、青い兵隊さんのくるみ割り人形に目が止まった。
何か自分の心を惹きつけるものがあった。
青色で兵隊さんのくるみ割り人形のため、女の子向きではないと思ったが、自分の直感を信じ、長女へのお土産に買った。

日本に戻り家に帰り、長女にくるみ割り人形を渡したが、思った通り、殆ど興味を示さなかった。
奥さんは、まだ長女には早いかもしれない、でも
きっとその内気に入ってくれると思う、と言った。
そして奥さんは、くるみ割り人形をピアノの上に飾った。

その次の週の土曜日、昼食の後、珈琲を飲んでいると奥さんに呼ばれた。
奥さんに静かにピアノの置いてある部屋を見るように言われた。
ピアノの前に長女か立っていて、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
奥さんが小さな声で、くるみ割り人形を見ているのよ、と言った。

僕は静かにピアノの部屋を後にし、奥さんに頼まれた買い物に行った。
買い物から帰って来ると、また奥さんにピアノの部屋を見るように言われた。
見ると、長女は数少ない話せる言葉で一生懸命
くるみ割り人形に話しかけていた。
奥さんが、くるみ割り人形を渡してみるわね、
と言って長女に渡すと、長女は大喜びでくるみ割り人形を抱きしめ、子供部屋でくるみ割り人形で遊び始めた。
それから暫くの間、長女は片時もくるみ割り人形を
離そうとしなかった。
そして、長女のお気に入りの玩具になった。

次女も同じだった。
次女も2歳を過ぎた頃、ピアノの上のくるみ割り人形を見ても何の興味も示していなかったのに、ある日突然、奥さんにくるみ割り人形を指差して、取って欲しいとせがんだ。
そして次女も暫くの間、くるみ割り人形を片時も手放さなかった。

木の玩具は、最初は子どもの興味を惹かない。 
子どもは最初、派手でアニメのキャラクターの玩具にばかり目が行く。
ところが、木の玩具は少しずつ子どもの心を掴んで、最後にはその子にとって大切な玩具となる。
不思議な魅力を持っているのだと思う。

考えてみれば、そのくるみ割り人形は、お店のなかで僕の心も掴んだ。
木の玩具は、芸術かもしれないと思う。





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