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自分のリトマス試験紙

[ リトマス試験紙 ]

 小学校の理科の時間に、宮原里美先生が「青色のリトマス試験紙“赤”に変わると、”酸性”です。」
 いつもは、おとなしい誠君が「“青”のままだったら、アルカリ性ですか?」
 里美先生が少し間を空けてから、「青のリトマス試験紙だと、アルカリ性かも知れないし、中性かもしれないね」
 誠君が独り言の様に小声で「はっきり、しないんだ…」と言っていたのが、僕はどうにも気になった。
 授業は続きその後、赤のリトマス試験紙で実験していたけれど、それよりも僕は“おとなしい”誠君の悔しさの様な顔に変な感覚をていた。
 里美先生が「青と赤のリトマス試験紙を使った実験はこれで終わります。」と言うとチャイムが鳴った。

 小学校の卒業式に誠君の姿は見かけなかった。
 

[ 帰省 ] 

 小学校を卒業をしてから十数年も経ち、僕は子供を連れて実家の“北海道''に帰郷した。
 兄貴の宣孝が牧場から、大きくを手を振るのが遠くからでもわかり、レンタカーのスピードを少しあげた。
 「よく来たねー知美さん、遠かったしょ。 可愛いね天斗」と母の佳子が出迎え、父が「お帰り」と…、実家では僕等親子を温かく迎えてくれ、少して遅れて兄貴の宣孝が、「お帰り、ゆっくりしてね…」、久しぶりの帰省でまったりとして過ごしていた。
 
 そんな実家での団欒をゆっくりと過ごし、心地よく眠りについた。
 翌朝を僕が起きた時には、既に家族皆は起きていたけれど兄の姿がなかった…、母がそんな僕の顔を見て「宣孝は牛の“乳絞り”だよ」と。
 そう聞くと牧場にいる兄の下へ着替えて行った。


 牧場の乳絞りは“搾乳機”で行われていて搾乳作業は終わっていて「広大、ゆっくりしてな」と兄貴が笑いながら言った。
 僕が幼い頃から兄貴は牧場で父の手伝いをして、僕は遅れて歳の離れた兄貴の手伝いと言うよりも邪魔をしていた。
 そんな光景は今も変わらなく、兄貴は変わらず優しく微笑んでいる。
 
 
[ 処分 ]

 「搾乳で一段落しょ、家に戻ろう…」と僕が話すと、兄貴が「まだ、“処分作業”があるから…」と一瞬寂しそうな顔して言うので僕は“処分の意味”を聞くのを躊躇った。
 兄貴は遠くを見る様な眼差しをしながら、“搾乳”され過ぎた牛乳を捨てている。
 餌やりから始まり牧場の牛と共に暮らす、兄貴の悔しさや無念さは、僕に処分”と伝えた以上の感情で…。

 兄貴は処理作業をしながら「捨てなくても…」と話し、僕は頷き「使い道はないのかな。」 そんな会話を重ねていた。
 兄貴が「“夏川”君って、広大の小学校の同級生だったよな」、僕は「誠君か…、懐かしな!」と話しながらあの“リトマス試験紙”の授業が思い出していた。



[ 事情 ]

 「ここら辺の酪農家は⛰⛰乳業に牛乳を納めているのは、広大も知ってるだろう…。」
 頷く僕を見て兄貴は話し続けた。
「収める牛乳の量は決まってるけど、生きてる牛が相手だから、毎日100リッターとかばっちりに搾れないだろう、機械じゃないからね。 
 少し多く搾れるんだけど…、搾乳を途中で止めると牛の体に悪影響しちゃうからな」と、牛を愛おしく撫でながら話した。

 兄貴は続けて、「夏川さんが⛰⛰乳業の責任者になる前は、冷蔵庫に多く絞れた牛乳を寄せて置いて、翌日に出荷できたのが、夏川さんの“内部告発”で禁止されてな…」と始めて聞いた。
 歳の離れた兄貴は当時父を手伝って一緒に働いていて、そんな事がおきていた事を幼い僕には感じさせず、そして言わなかった。



[ 正義感 ]

 常務の晴田が、「夏川君、暗黙の了解の域でしょ」と言うと、夏川が「搾乳され日を偽造したら、消費者を裏切る事で、例え数時間の冷蔵保存でもです。」
 晴田はそれを聞き終えると「今までに、冷蔵した牛乳で問題が起きた事があるのかい…?」
 晴田は夏川の意見を“煙たがり”、他の部署に移動させ他の場所へと左遷した。



[ 大人の理由 ] 

 小学校の卒業式で見かけなかった、誠君の急な転校はこの頃だったんだ…、思い出した。

 あの“リトマス試験紙”の理科の実験で、“はっきりしない”と誠君の呟いていた理由がお父さんの仕事での判断だったと………、大人になった今迄になってわかった。
 誠君の心の中の、青のリトマス試験紙はきっと"赤“になっていただろう。

 “⛰⛰乳業偽装”と新聞や週刊誌で報道され、夏川は“正義の人”とされ渦中の人になったけれど…、その後、夏川を雇う会社は無かったらしい…。
 その理由を大人になった今頃になり感じた。


[ お買物 ]

 北海道から帰省を終えて、妻の知美と息子の天斗と近くのスーパーへ食料品を買い物しに行くと、綺麗に陳列されて牛乳があった。

 カートのカゴに天斗が「牛乳のみたいな」と…、きっと実家の牛を見たからだなと僕が微笑み、知美はさり気なく産地と消費期限を見ている。
 僕は兄貴の宣孝の悲痛な想いを知りながら、知美が手にした牛乳パックを見て安心してる。
 青と赤のリトマス試験紙を持つ大人になって、自分の必要なリトマス試験を手にする大人になっている。

 誰かの正義が悪となり、悪が正義になる世の中に生きている…。

追伸 
 “リトマス試験紙"で、いろんな事がはっきりしたら楽だよね、誠君!
 僕は大人になる程、迷ってる。 
誠君は昔のままで、今を生きていますか…?


 …………………… 終 ……………………






 
 

 
 
 

 
 

 

 


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