『食人族 4Kリマスター無修正完全版』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第9回】
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文=稲田豊史
1980年代後半、ビデオレンタルショップに通い詰めていた世代にとっては忘れがたいカルトホラー映画が、4Kリマスター、しかも無修正完全版として劇場公開された。
若い男女4人のアメリカ人ドキュメンタリー撮影隊が未開の南米アマゾン奥地に向かうが、消息を絶つ。モンロー教授たちが捜索隊として現地に赴くと、原住民の集落で4人の白骨死体と撮影済みの缶入りフィルムを発見。帰国後、フィルムを現像・映写してみると、そこには恐ろしい光景が記録されていた……。
「80年代を代表するフェイクドキュメンタリー」と銘打たれることの多い本作だが、モンロー教授視点の捜索部分や帰国後の描写は、映画的カット割りと台詞回しが施された普通のフィクションである。ドキュメンタリーに偽装されているのは記録フィルムの中身。手持ちカメラならではの画面揺れや色味の乱れ、フィルムのロールチェンジなど、実にうまく作られている。当時はこれが本物だと勘違いした観客もいたという。
本作をカルト作品たらしめているのは、強烈なエロ・グロ・残酷描写だ。女性器拷問、足の切断、強姦、全裸女性の串刺し、男性器切断、人体の解体、引きずり出される内臓、そして食人。文字面だけでも生理的嫌悪感を催す。世界各国で上映禁止、フィルム没収、ビデオの発売中止騒動が起こったのも納得がいく。
とはいえ、本作は単なる悪趣味映画ではない。それが、「ドキュメンタリー撮影隊リーダーのアランは、過去に制作したドキュメンタリー作品でやらせの常習犯だった」という設定だ。アランはアマゾン奥地でも「原住民の部族間争いによって虐殺が起こった」ことをでっち上げようとする。つまり『食人族』は、「フェイクドキュメンタリー(を撮ろうとする者たち)についてのフェイクドキュメンタリー」なのだ。皮肉が効いていると言うべきか、批評性が高いと言うべきか。
なお本作は1から100までフェイクではない。劇中では、アランが過去にやらせで作ったと説明される銃殺刑などのフィルムが流れるが、これは〝本物の〟ニュース映像だ。また、劇中ではジャコウネズミが生きたままナイフでかっさばかれたり、カメが甲羅をはがされて内臓をひっぺがされたり、豚が射殺されたり、猿が頭をナタで切断されたりしているが、すべて生きた動物が〝本当に〟殺されている。極め付きは、原住民に対するアランたちの極めて差別的な態度や発言だ。無論、傲慢な文明人批判の意図を込めたものだが、台詞の字幕すら耐えがたく不快である。
1980年代当時、本作で大きく話題になったのは、「虚」としてのエロ・グロ・残酷描写だった。2023年現在、我々はそれらが完全に作り物だと認識したうえで鑑賞する。だが、興ざめしたりはしない。「実」である銃殺刑や動物虐待や差別的な態度が、生理的嫌悪感ならぬ圧倒的な倫理的嫌悪感を運んでくるからだ。
「虚」と「実」のインパクトが逆転してもなお、嫌悪感がまったく色褪せないフェイクドキュメンタリー。40年以上にわたって問題作と言われ続けるだけのことはある。
《ジャーロ NO.88 2023 MAY 掲載》
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