【解説】「天使たちの詩」を読む
「天使たちの詩」という自作の詩について、解説する記事です。
全文を連ごとに引用しながら、注釈をつけていきます。
守護天使がひとを守るように、あなたたちはみな守られているという宣言。
ベルリンが舞台になります。
映画『ベルリン 天使の詩(うた)』を連想させ、同時にそこから「ドイツ」を呼び起こし、その歴史を遡ります。
ヨハネの黙示録は、聖書に記されています。この世の終わりを描いた章です。「ヨハネの黙示録」をどう解釈するか、ですが、ここでは天上の神と地上の人間たちをつなぐはずの、天使たちが滅びた光景ととっています。
キリストが生きた紀元0年に近い頃、ヨーロッパに版図を拡大したローマ帝国では、お金や権力に目がくらんだ市民と貴族、王族が支配を強めていました。つまり、信仰心や超自然的なものを尊敬する気持ちが失われていたのです。
それが「天使たちは滅びた」状況です。この状況は、現代の世界や日本とも重なります。
さて、2000年前のローマ帝国では、「神の子」であるキリストが降り立ち、人々は敬虔さを取り戻します。数百年後にローマ帝国は滅び、それから約千年、ヨーロッパの中世が続きます。その間、ひとは神への祈りを大切に生きてきました。
中世の後、ルネサンス(再び生まれるの意)が訪れ、神への敬虔さより、人間の力が尊ばれる傾向が生まれてきます。それは科学や芸術を生みますが、だんだんと人間のエゴが勝る世界を作ってしまいます。
本当は、人間は天使を求めていましたが、その心を表に出せなくなります。その天使とは、天上と地上をつなぐものなのです。
ベンヤミンは歴史家であり、同時に哲学者、批評家、文学者です。20世紀の前半に生き、文明の行く末を案じていました。
さて、ベンヤミンの数多い著作物の中でも有名なものに「歴史哲学テーゼ」があります。ここには印象的な天使が登場します。その天使は、文明の守り神のようなのですが、強い風に吹かれて、後ろを向きながら、前へ押されています。どうも「進歩」という強風に押されながら、「歴史」という過去を見つめている、という意味だそうです。
これはベンヤミン自身の姿にも重なります。ベンヤミンの思想は「天使の思考」だったのかもしれません。
そう、歴史に後戻りはありません。昔がよかったと思っても、今同じことはできません。新しい文明や、未来を築き続けるしかないのです。
しかし、20世紀の前半は2つの大戦の時代であり、絶望に追い込まれたベンヤミンは最終的には自殺しています。その思想は深い不滅の輝きを持っているとしても…。
一方、「マルテ」とは、詩人リルケの小説『マルテの手記』に登場する主人公です。マルテは若き詩人であり、パリの街で自分の仕事の意味を探ります。そうして歩いた、当時の「世界の都」であるパリは、あたかも街中が病院であるかのように、病んだ人であふれているようだ、とマルテは感じます。
リルケは代表作『ドゥイノの悲歌』において、天使たちを描いています。「美」を持つ天使たちは恐ろしく、その美の力によって人間を破壊しかねない、と歌う冒頭シーンには圧倒的な迫力があります。その『ドゥイノの悲歌』を背景に置きつつ、マルテの視点を持ってきています。
恐るべき美を放つ天使たちのいない、人間たちの都(=パリ)の悲惨をマルテは日記に記していくのです。
ここは、20世紀に入って生活は便利になっても、人々の心はさまざまな「壁」によって分断され、心の交通は寸断された状況を告げています。と同時に、東西ドイツの分裂の象徴だった「ベルリンの壁」を呼び起こします。
冒頭に戻るかのような一行で、再び、映画『ベルリン 天使の詩』に戻ります。
人間の姿をした天使たち(映画では男性。翼はない)が、街を歩きます。
ここは映画のシーンを思い起こしつつ、現代日本に近づけて、アレンジしています。
ここで、1989年「ベルリンの壁」崩壊を見ています。
西ドイツと東ドイツが統合されて、東西ベルリンもひとつになります。
その「西と東」というフレーズは、直後のフレーズで「ユーラシアの西の果てであるヨーロッパと、ユーラシア大陸の東にある日本」と読み替えられています。そうして「もしかしたら、西のヨーロッパ文明と東の日本文明は、お互いに通じるのではないか」と問いかけます。
ベルリンから日本にこの詩の舞台が移ります。
「天使たち」と呼ばれているものは、人間の優しさであると言われます。
この天使たちは、映画『ベルリン 天使の詩』と異なり、一般的な絵姿になりながらも、街のひとを支える姿は同じです。
天使たちは声を出し、その声は次第に詩になっていきます。
一方、人間たちのうち、詩人の卵とも呼べる気持ちを持った人たちはまだ「灰色の服」を着ています。ミヒャエル・エンデ『モモ』の灰色の男たちを思わせます。
すでに詩を詠むことを知っている人間の詩人たちは、まだ詩を詠まない人たちに向けて、詩を作ろうよ、と呼びかけられるでしょう。
3連目では「ヨハネの黙示録」が出てきて、天使たちが滅びたことを描いていました。しかし、ここでは再び天上と地上の間に、架け橋が生まれたと歌われます。それは、人間たちが詠み始めた詩によってです。
「長い冬」は少なくとも20世紀を指し、場合によってはもっと長い、神や自然を敬う心を忘れた期間のことです。また、この詩が公開された時期が、立春の少し前であることも掛けられています。
「エルピス」はギリシャ語の「希望」です。天と地が再び、交流し、結ばれるという希望を託された、今の時代の詩人たちへ呼びかけています。
「希望の種」という表現から、「種をまく人」が連想されます。ミレーの「種をまく人」の絵は、岩波文庫(古典を収めた文庫シリーズ)のロゴでもあります。また、「ミレーが描く農夫」は、ミレー代表作の「晩鐘」や「落ち穂拾い」も思わせます。すべて、明日の日のために働く堅実な人々です。それは明日のために小さな詩を詠み続けることの大事さにつらなります。
こちらの記事のタイトルでもあり、Twitterのハッシュタグでもある「君の詩(うた)を聞かせて」を持ってきて、詩人とこれから詩を詠みたい人に呼びかけて、この詩は結ばれます。
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