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【詩】天使たちの詩(うた)

今、まったき力によって天使たちがあなたをまも

その日、ベルリンの空に雪が降った
灰色の雲、鉛色の街、これはドイツで起こった出来事

かつてヨハネの黙示録が予言したように、天使たちは滅びた
はるかなキリストの時代、すでに天使たちはこの地上を去っていた
天上と地上をつなぐ架け橋は失われた
神の子が降り立ち、天地あめつちを潤し、人々はみな祈った
千年の間、祈り続けた

中世は去り、再び人間たちの時代が訪れた
人間たちは科学に目を輝かせ
自分たちの力にわくわくした

しかし、心の奥底では天使たちを慕っていた
天使たちのいない、その満たされなさを戦争にぶつけた
科学と戦争は、欲といがみあいをもたらし、ひとの心は荒れ果てた

歴史は戻ることがないとベンヤミンは言った
この世は病院にあふれた街のようだとマルテは思った
ひとの心は病み疲れたと…

壁によって、民衆の心は寸断された
ベルリンの街も、壁によって分かたれた

その日、ベルリンの街に天使たちが舞い降りた

ベルリンの図書館、
街角、路地、
観覧車、
コーヒー屋、
天使たちは歩いている

うなだれた労働者、
あきらめた芸術家、
帰る家のない生活者、
天使たちは耳を寄せて
彼女らのささやきを聞く
天使たちは手を置く
彼らの肩に、頭に

壁はこわされてドイツはひとつになった
西と東が結ばれた
ヨーロッパと日本も。もしかしたら──

雪が降る。ベルリンの空に降るのと同じ
灰色の雲、光が差す、風花、晴れ間の雪
函館、札幌、旭川、名古屋、東京、横浜、福岡
どこにでも雪は降る

雪のように、天使たちも降りて来る

名もない人間の
   数かぎりない優しさとなって
     天使たちは地上に降りる

白い羽をはためかせ
  金色のトランペットを鳴らしながら
ひとの背を支え
  涙をぬぐい
     静かにその声を聴いている

天使たちの声は、次第に言葉となり、詩となった
無数の詩人になろうとする者たちは、胸のうちに詩を抱え持っていた
今はまだ雑踏を歩き、灰色の服を着て、むずかしい顔をしている

歌い出そう、と天使たちが囁きかける
ほら笑って、大丈夫だよ
楽器はここにある
裸足で踊り出したらいい
革靴は木の根もとに置いて

天と地を結ぶはしごは架けられた
いくつもいくつも今、架けられている
糸を紡ぎ、手を重ねるように
言葉が編まれたら
心はどこにでも行ける

世界中の詩心は待っていた
長い冬の間、
天使たちの来る春を

さあ、いこう

君の名はエルピス
希望を生み出す者
エルピスの詩人たちは歌う
天使のうた

この地球ほしに希望の種を
種まき人よ
ミレーが描く農夫のように
歌い広めよう
天使たちのうた

君のうたを聞かせて
誰かが、君のうたを待っているから


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