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最愛の場所とのお別れ〈This is where I belong.〉

「卒業」を経験するのも、4年ぶり。そして、もしかしたら人生で最後になるかもしれません。

人生で1番大好きで、大切な場所を離れ、私は今の気持ちを残して置かなければいけないと思い、この文章を綴っています。

4年間の切り取り

過去何度も記事で書いていますが、私は国際コミュニケーションや言語学、異文化理解や英米文学を学んでいました。3年からはイギリス文学のゼミに所属していました。

小学生の頃から海外かぶれで、自分は当然海外で生きていくものだと思っていたので、当たり前のように進路を決めました。実際に海外で働きたいなら、語学力+専門知識が必要ですが、当時の私は短絡的に「海外=国際系学科」と考えていましたので・・・。
さらに、文学部にした理由の一つは、頭の中に蔓延している巨大なもやもやを、言語化する能力が得られると思ったからです。名前のない感情に名前をつけたい。そうすれば悩み事が減るかもしれないと思ったのです。これは半分正解で、半分間違いでした。
「文学部なんて行ってどこに就職するの?作家になるの?」とよく言われましたが(文学部あるある)、逆に文学部以外行くとこある?と高校生の私は思っていました。

行ってみればどの授業も本当に楽しくて、必修で大変な1・2年も、その大変ささえ友人たちとネタにして乗り越えられました。
All Englishの授業も多々ありました。その中で、いくら英語の語彙力を増やし、文法を覚えたところで、話せる“内容”がなければ全く意味がないということを実感しました。社会情勢や文化や歴史、そういった知識だけでなく、自分自身の意見がないと、そもそも話すことがないのです。そのため、普段から意識的に物事を考えるようになりました。
3年からの授業は完全オンラインで、私のゼミは一度も対面で行われることがありませんでした。最後2年間はあってなかったようなもので、今まで通りだったらどれほど充実していただろうと思わないこともありません。しかし、普段なら近くの席にも座らないであろう人とも、Zoomで強制的に同じグループにされるので、結果的に私は同じ学科の全員と話すことができました。

SNSでしか同級生の近況を知ることができないというのも、かえって私にとっては良い機会となりました。
私はInstagramを通して、いわゆる“映え”るものだけでなく、考えたことや就活日記、日常を面白くするtipsなどを発信していました。
皆SNSを見る時間も増え、同時に考え事をする時間も増えたからでしょうか。想像以上に沢山の反響をもらい、これまであまりご縁のなかった先輩や同級生から、DMで沢山の相談やメッセージをもらいました。
その結果、むしろステイホームを強いられるようになってからの方が、気軽に話せる友人が増えました。これはとても意外なことでした。

私の居場所

“I don’t belong here.” で、「私はここにふさわしくない」「私は場違いだ」というような表現ができ、“This is where I belong.”で、「ここは私の居場所だ」という表現になるそうです。何かの本で、後者の感覚を大切にしなさいと書かれていました。

belongといえば「所属する」という意味を、まず最初に思いつく方が多いと思います。
ある土地やコミュニティに所属していても、必ずしも自分の心もそこに結びつくというわけではない、と私は考えています。
「一員だけど一員じゃない」というような、そんな感覚。

私にとって初めて心も体も強く結びついていた場所。それが大学です。
ありのままでいられて、呼吸がしやすくて、安心できる場所。

賢くて、可愛くて、美しくて、強くて、優しくて、かっこいい先生と同級生のおかげです。

大学での変化

そう思おうとしなくても、自然と、心の底から周囲の人を「愛している」と思えたことで、人生においてとても大切そうなことに気づきました。
それは、自分が他者を愛し、他者に対して心を開いていれば、自然と周囲も自分に寄ってきてくれ、愛を持って接してくれるということです。
高校まで、周囲の人が本当に苦手でした。正直見下してもいたと思います。そして私は、「知り合いは多いけど友達は数えるほどしかいない」という状態でした。
ですが、大学に入って、本当にあまり話したことのない人も含めて全員を、尊敬し、どこでも「皆が大好きすぎる」と言い回っていたら、周囲にはいい人しか来ないし、他人からも「友達多いね」と言われるくらい、友達が増えました。
高校までの私は、自分でバリアを張り、心を閉ざし、誰も私とは合わないと決めつけていたのでしょう。それは自分では言動に出していないつもりでも、にじみ出てしまうものなのですね。

さらに、素直に人を褒めることができるようになりました。
どんだけ性格歪んでいたの!?という感じですが(笑)
人を褒めても、自分の価値は下がらないという当たり前のことを、ようやく受け入れられました。誰でも褒められたら嬉しいですよね。だから自然と周囲もよく褒めてくれるようになり、お互いの自己肯定感を高めることができました。

そしてここ半年での大きな変化。
それは、つらいときに「つらい」と、人に言えるようになったことです。
それまでは、「病んだ(笑)」と、半分笑ってごまかしていましたが、ちゃんと「助けてほしい」と言えるようになりました。
「強くて望みは何でも叶える人」という自分のイメージを守りたくて、変な意地をはっていましたが、それは単に私のなりたかった姿に過ぎなかったのだと今では思います。

終わりに

これがまさに「ご縁」なのだなと、思わずにはいられない一生ものの出会いの数々に恵まれました。

神様は、私に美しい容姿も、運動神経も、裕福さも、才能も、何もくれなかったけれど、代わりに私の周りに「いい人」を配置してくれました。己の力ではなく、人とのつながりの中で生きていきなさい、とのことなのでしょう(笑)

4年というのはあまりに短く、自分の関心のある領域に気づき始めた頃には卒業です。私は特別優秀な学生でもありませんでしたが、必ず学問の世界に戻りたいと思います。

あまりに尊い時間を4年も過ごしてしまったおかげで、これから先、私はこれ以上の場所をまた得ることができるのだろうかと、不安な気持ちでいっぱいです。
しかし、振り返れば、4年前も同じように不安な顔で校門をくぐりました。そして、結果的には最愛の日々を過ごすことができました。
きっと、これからも、なんだかんだで、そうであってほしいと願っています。

尊敬する恩師からの最後の言葉は、「しあわせでいてくださいね。それだけです」。
今思い出してもグッと来てしまいます。
挫折しても、何かを成し遂げられなくても、何者にもなれなくても、ただ「しあわせ」でいようと。
尊敬する恩師との約束ですから、これだけは心にとめておこうと思います。

最後に、本来であれば、私は大学に行けるような身分ではありませんでした。しかし、国や企業、学校のおかげで、好奇心の赴くままに探究することができました。この美しい4年間をくださいました皆さまに、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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