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「黙って喋って」ヒコロヒー 感想
〈あらすじ〉
友達以上恋人未満の彼に「あと十分一緒にいたい」とどうしても言えない甘酸っぱい瞬間、「分かってる女」として振舞ってしまい同僚を貶める発言をたしなめられなかったもどかしさ、既婚者である彼の妻との会話に覚える苛立ち……。
感情がほとばしって言い過ぎた言葉、平気をよそおって言えなかった言葉。「もう黙って」「もっと喋って」と思わずにはいられない、もどかしくて愛おしい掌編18本。
記憶の片隅にあった感情がじわっとあふれ出す。ヒコロヒーがつづる短編恋愛小説集!
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「黙って喋って」 ヒコロヒー
※若干ネタバレを含みますので未読の方はご注意ください
思ってた以上にすごくよかった。比喩表現が巧みで、彼女にしかできない表現方法が面白く、この感じ、結構好きだなと思った。短い物語のなかで、よくある身近な話題から二人にしかわかりあえない微妙なニュアンスの部分まで、男女の繊細な機敏をわかりやすく、また文章も読みやすい。それが、人気の理由なのかもしれません。
最初の『ばかだねぇ』は、なんて優しいんだろうと思った。悪口のようでいて労う言葉の遣い方ってすごく難しいんでしょうけど、その友人の「ばかだねぇ」は全然尖っていなかった。柔らかくて、受け身で、包みこんでくれるようなニュアンスに聞こえた。
『しらん』のお話は、社会人になると、どんどん心が擦り切れてきてしまって、相手のことを純粋な気持ちで支えきれなくなってくる。
どうして若い頃は平気だったことが年齢を重ねると鈍痛のように響いてくるのだろうか。
夢を語り、願い、挑み続けることは本当に難しくて、一握りの人だけに許された舞台。だからこそ、自分がほど遠いと気付いたときの虚しさは計り知れないものがあるし、結婚だって夢の一つ。過去の自分を無かったものにしたくない。泣きながら目の前の人にありがとう、うれしい、と礼を言いながら、過去の記憶を重ね合わせる行為は誰もが覚えがあるもので、「そうだったらよかったなぁ」と、傍観するくらいがちょうどいい。
あと『春香、それでいいのね』は、男女のお話が多いなかで、母と娘のやりとりが中心になっている物語。もしくは家族のお話。
まだ幼いのに、なのか、幼いから、なのか、子どもは自分の判断を疑うことを知らない。すると唐突に、できるだけ、何にも惑わされず、そのままでいてほしいと、なぜだか強 くそう思った。今のまま、自分が良いと思ったことを信じることをやめずに、そうして、すきな靴を履いて出かけて、色々な人と出会い、たとえそれが悲しくてつらい気持ちを与えるものだったとしても、きっとそれがいつかあなたを支えるものになるのだろうと、きらきらした無垢な表情でこの小さな靴を見つめる彼女に、なぜだか、急にそう思わされたのだった。
これは、母の娘に対する健やかであれという願いと欲望に純粋なことへの羨慕があるのかもしれないなと思った。
『問題なかったように思いますけど』も印象的でした。これも男女というより同僚や会社内での人間関係のお話。今のハラスメントに対して、価値観を揺さぶられるような、ヒコロヒーさんの皮肉もはいっているようで、悪習という言葉を思い起こした。
ハッピーエンドもバッドエンドも、また終わり方がそのどちらでもない場合でも、読み手によって受け取り方が全く違ってくるのかもしれない。そんなお話と、魅力的な登場人物たちによる人対人の多彩な感情の数々。それでも、よかった……と心が暖かく満たされたような、いい余韻に包まれました。
ヒコロヒーさんの次作がでたら、また読みたいです。
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