鳴いてる 凪いでる 泣いてる

仕事を辞め、何者でも無くなった私。
さて、手始めに旅にでも出よっかなーと思い立ち始発電車に乗った。気持ちが軽くなるのはいいが、同時に財布も軽くなってしまう。どうしたものかね。

尾道。
いつか行ってみたいと思っていた。私の心を動かすのはいつもノスタルジーだ。
春は桜の花がさらさらと散る瞬間。夏は蚊取り線香の香ばしい煙と下駄の音。秋は風に乗り鼻を擽る金木犀の香り。冬は入った布団の凍える冷たさ。
そういったものに胸の奥がキュッとなる。尾道の風景はそれらと同様の何かを感じさせる。だから行きたいと思った。

着いたのは夕方。陽が傾き、尾道水道はキラキラとオレンジ色に光る。造船所のクレーンが水面に映る。向島の家々の灯りがポツリポツリと点きはじめる。
ああ、これは美しいや。

鴎が鳴いてる。
海は凪いでる。

私は泣いてる。

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