見出し画像

006_The Jesus and Mary Chain 「21 Singles」

「いや、マジで関係ないから。」小西は睨みつけつつ言う。

山本先輩はふいに面食らった表情を浮かべて、「は?」とつぶやく。

「アンタが言ってること、部活上手くなるのに全然関係ないから、てこと。」

「お前、自分がなに言っているかわかってんの?」「関係ねーっつってんだろ、クソが。」小西は山本先輩に思いっきり唾を吐いた。

ヒリヒリする感覚に、身体中があてられる。おい、あいつ、ついにマジでやりやがった。いつか、やるんじゃないかと思っていたけど、まさか本当にやるとは。ザラザラしたヤスリをかけられた心地だ。全く理解できない。でも、どこかにこうなることを求めていたようなそんな気もする。なんにしても、これは大変なことになる。

「おい、小西、てめえ!やんのか、てめえ。」「やってみろよ。」「やんのか、てめえは!」小西の胸ぐらを掴もうと、先輩が手を伸ばし、小西と山本先輩はもみ合いになる。山本先輩は下に見ていた者から反抗されて、明らかに虚を突かれた形になり、いかにも度を失っているようだ。

「やんのか」とか「てめえ」とか同じワードを繰り返し、明らかに語彙のバリエーションが無くなってきている。僕は目の前で小西と山本先輩がもみ合っているのを、何もすることができず、見ていることしかできない。幸い、今の時間帯は他の生徒は皆部活に専念することになっており、僕らのいる体育館裏には誰も来る気配はないようだ。

僕は、燃えたぎるような重油を口から注がれたように、身体が一瞬でカーッとなってきて、グルグルと熱いものが僕の中を駆け巡っている。僕は握り拳を作り、じっとりとした汗が額から流れ落ちるを感じている。止めるべきか、いや、止められない。小西は止められない。あいつはそういうやつだ。

僕らは今年から高校生になり、2人はハンドボール部にこの春同じタイミングで入部した。山本先輩は1コ上になるが、前々から「ハンドの基礎教育だ。」と称して、無駄な腕立て伏せだったり、よくわからない課題を課してくる。自分に従順じゃない小西が明らかに気に入らないからだ。僕は、入部のタイミングが同じせいだったこともあり、小西と2人セットで扱われている節があり、いつもこのゴタゴタに巻き込まれていた。

「あいつ、なんなんだよ。いつかマジで潰してやる」小西は山本先輩から何かやらされるたびに僕につぶやく。「いや、ちょっとお前やめろって、そういうの。」僕は先輩に聞かれるんじゃないか、という気持ちでヒヤヒヤしながら小西を諫める。

でもいつか、そうなるんじゃないか、ということを心の中で期待している。小西は同じ中学ではあったが、僕とはクラスは別々で特段の接点はなかった。というか、僕は中学でもハンドボールをやっていたから、惰性で高校でも続けているに過ぎず、正直もうそこまでの興味はなかった。小西は中学の時は、部活は何もやっていなかったと思う。小西があまり何をやっていたのか、特段印象にない。

「中学は家の仕事を手伝っていたから、部活ができなかった。高校になって、親に部活をやる許可をもらった。」後で小西からボソッと聞いた話によると、そういうことらしい。だいぶかいつまんだが、本当はこんな端的な説明ではない。小西の話は大体がいつも要領を得ない。何回かこちらから質問をしてみて、やっと話の全体像が掴める。感覚的に喋るせいか話題が色々とあちらこちらに飛ぶし、何より言葉の使い方が独特で一方通行なので、ものすごい説明が下手だ。

この前、下校するタイミングで同じ中学だった相川と偶然一緒になり、話しながら帰った時だった。部活の話から、小西の話題になった。

「あいつ、中学の時は家の仕事手伝っていたから、部活できなかたって。やっと高校で部活させてもらえるようになったって言ってたわ。」

「あ、マジ、そうなんだ。あー、そうか、家の仕事、ね。」相川は何かを察したように、話をしていた僕から目を逸らした。

そんな相川を見て、何かを僕は汲み取った。

「てか、なんかの仕事してんの?あいつん家?大工とかなんか?」

「お前、知らないの?あ、そうか、お前小西とはクラス一緒になってないもんな。」

「え、何?そんな有名なの。」

「あいつん家、ラブホテルだぜ。」一瞬、理解できなかった。相川がふざけているんだと思った。

「ラブホテル?家が?」

「そう、そこに住んでんだぜ。まあ、つまり親がやってるんだろ。だからあいつん家の仕事っていうのが、それなんだってこと。」

マジ?いや、まあ冷静に考えてみれば、世の中にいっぱいラブホテルがあるのだから、(もちろん僕はまだ女の子と入ったことなんてないが。)それを商売で営むオーナーがいて、その家族がいるのは当たり前だ。その子供が小西なんだ。そんなこと、当たり前なのに、今まで考えたこともなかった。なんか、ラブホテルのオーナーって、すごく脂ぎった親父とか、年の食ったがめついババアみたいなよくわからない、子供じみた先入観が根底にあったからだ。

親がラブホテルやってるって、自分だったらどう感じるだろう。小学生だったら、なんかよくわからないからいいけど、思春期の時分だったら全容を理解できちゃうだろうから、それめちゃくちゃ無性に恥ずかしくないか。

でもそれって、恥ずかしいこと、なのか。それで食べてかなきゃいかないからしょうがないんだよな、小西も、小西の親御さんも。小西のせいじゃないよな、100%。僕はなんとも言えないモヤモヤした感情が胸に残るようになり、それから小西を見る目が変わってしまったような気がした。他の皆と同じように、小西を「親がラブホテルやってる」という目で見てしまう、そういう色眼鏡をかけさせられてしまったようだった。

小西はなんにせよ、不器用だが、純粋だ。小西にとって高校からはじめたハンドボールは、中学でやっていた僕よりも技術はだいぶ劣る。でも、ハンドボール自体に興味を失っている僕と比べても、明らかに楽しんでいる。体を動かすことが心地いいみたいで、運動神経自体も悪くないんだろう。やっぱりこれまでできなかった部活を思いっきりしたかったんだろうな。今はまだ僕の方が上だが、たぶん、小西に追い抜かされる気がする。

ただ、そのハンドボール部で、そんな小西にとって、山本先輩はまさに目の上のたんこぶといった存在だ。奴は小西にわけのわからない要求を突きつけてくる。そうだ、まさに奴はなんだか社会のそういう訳のわからないしがらみとか理不尽さとかを体現したようなそんな存在に映ってくるようだ。僕に色眼鏡をかけさせたのも同じだ。

「生意気だ」とか「親がラブホテルやってるから」とか、そんなこと言ってくる奴なんて、めちゃくちゃに潰してしまえよな。

なあ、小西。やっちまえよ、小西。






この記事が参加している募集

#思い出の曲

11,248件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?