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012_EVISBEATS「Sketchbook」

海際の散歩道を朝1時間ほどかけて歩くのが私の日課になっている。この街に越してきて2ヶ月が経った。海がこんなに近い場所で過ごすのは、生まれてはじめての経験だ。心地よい潮風が顔に当たる。朝から沖に漕ぎ出すサーファーたちの背中を見送る。私のように朝から散歩する人や、ランニングをする人、砂浜で集まってヨガなどを行っている集まりもいる。いいな、あれ、ゆるそうだから、今度は私も参加してみようかしら。

私の元々の出身は、信州長野の山の中。3世代8人が住む大きな家で過ごした。学生時代とOL時代は東京で過ごした。しかし、結婚した夫の職業が海上保安官だったことが、私の運命を大きく変えることになる。彼はいわゆる転勤族で、これまでもうすでに3回任地が変わり、その度に慌ただしく引っ越しを行ってきた。

転勤慣れしている夫の荷物は、極端に少ない。元から物の少ない小ざっぱりした人で、いわゆるミニマリストってやつだな、と思っていたのだけど、職業柄、まさにトランクケースひとつで常に日本全国の海を飛び回れるようにしているというわけだ。

「君は物が多すぎるんだよ。僕はもう昔から、強制的に私物の数を制限されてきたから、自然にそうなったんだ。」

そりゃ、本人はいいわよ。それに、付き合わせる家族などはたまったもんじゃないわ。OL時代、文庫本や漫画本、化粧品や癒しグッズなど溜め込み収集癖のあった私は最初はとても苦労した。最初の広島への引っ越しの時は、もうそりゃ必死になって、引越し日3日前からノイローゼに陥ったほどだ。しかし、3回目となると私もさすが慣れてきたらしい。そもそも身の回りに揃える物を買う段階から、「これは引越しの時に持っていけるか。」という観点で、よくよく精査するようになってきたのだ。

「君もよく訓練されてきたようだね。さすが海保の妻だよ。」

うるさい。好きで訓練されてきたわけじゃないわ。でも段々と、「常に身軽であること」というのが、心地よいことに気付いてきた。身軽だと、こうやってすぐに住む場所も変えることができる。住む場所は、人に大きな影響を及ぼす。自己啓発本の類ではないけれど、これは本当にそうだと思う。

早朝、慌ただしく家を出る夫を見送った後、ゆっくりとコーヒーを飲み、その後こうやって海風にあたりながら1時間ほど歩いていくことが、自分にとっては至上の時間になった。東京の独身OL時代のゴミ部屋だった頃の自分から考えると、私は心底ゾッとする。

まだ夫と付き合っていた頃、はじめて夫を私の部屋に入れた時に、部屋の惨状を見るや、「うげっ」と、横山光輝三国志の雑兵ばりに夫に驚かれた。その後1時間ほど、夫の指示に従って、二人で私の部屋の片付けを行なったのだ。ゴミの分別・収集・物の配置・導線の考え方など、テキパキと夫の的確な指示が飛んだ。

「あ、この人すごい。この人の指示に従おう。」と素直に思った。私はその時に結婚を決めたのだった。我ながら全くもって、ロマンチックな話ではない。女友達に話すと、爆笑される鉄板ネタだ。

ただ今考えると、あの時、夫に片付けてもらうことによって、私の部屋に海風が吹いたような気がしたのだ。夫が海上保安官で海の仕事だからというわけではなくて、うまく言えないけれど、夫のそもそも佇まいとか考え方に「海風が吹いている」気がする。だからいつも私のように、行動や考え方がごちゃごちゃしていない。ただ、夫の影響か、私も段々と「海風が吹いている」ようになりつつある、気がする。(私もだだいぶ物を減らしてきたはいるが、未だに夫と私の物の比率は、2:8程度だ。)

同じ朝の時間帯に散歩していると、だいたい同じ時間帯にすれ違う人がいる。私よりひと周り上くらいのスラっとしたスタイリッシュなマダム、幼な子を幼稚園まで送り届けている外国人のパパ、大型犬のグレートデーンを連れて散歩している見た目コワモテな金持ちそうなおっさん、そしていつも2人で連れ立って手を繋いで散歩している老夫婦。老夫婦のうち、奥さんが腰が曲がり気味であるせいか、旦那さんとかなりの身長差があるように見える。

いいなあ、歳とってもいつまでもああやって連れ立って散歩できたら。両親の夫婦仲があまりいいと言えなかったからか、お互いを尊重し合いながら、寄り添いつつ送る夫婦の人生というものに漠然とした憧れがある。私も夫と、ああいう風に歳を取っても歩き続けられるのかしら。

夫は「散歩なんてかったるい。するならランニングとか、少し息が上がる程度の有酸素運動が人間にはちょうどいいんだ。」などと整然と返されそうだ。彼は海上保安官らしく、確固たる彼独自の行動基準がある。まあ歳取ったら、少しは変わるかしら。

いつしか、この老夫婦に出会うと「おはようございます。」と挨拶するようになった。そうすると奥さんの方が、優しい笑みを浮かべて「おはようございます。今朝も気持ちいいねえ。」と二言三言付け加えて返してくれるようになった。旦那さんも優しそうに微笑む。

東京にいた時は同じアパートの住民であっても、口など利くどころか、あいさつもろくにしたこともなかったのに。この海側の散歩道という、あるひとつの共通のコミュニティの中で、自分もその一員であるような気がしてきた。当たり前だけど、ここはいつも「海風が吹いている」ので、そういう人ばかりなのだ。

ある日、いつも連れ立っているご夫婦なのに、旦那さんだけトボトボと歩いているのを見かけた。あれ、おかしいな、旦那さんだけなんて、奥さんどうしたんだろう。何か奥さんにあったのだろうか。不意に、私の胸にギュッとした不安感が生まれる。高校生の時に、脳卒中で亡くなった祖母の記憶が蘇ってきた。あの時、いつも朝の早い祖母が朝食の時間まで起きてこなかった。祖母の部屋まで母と見にいくと、そこには起き上がることのない祖母がいたのだ。その時と同じ違和感。

「おはようございます。今日はお一人ですか?」私が声をかけると、最初は気付かなかったのか、旦那さんが反応するのに、少しタイムラグがあった。

「ああ、ごめんなさいね。少し私も耳が悪くて。わたしゃ、右がもうあまり聞こえんのです。」

そういえばいつも挨拶を返して会話をしてくれるのは奥さんの方で、きちんと旦那さんと会話したのはこれが初めてだな。旦那さんは、隣でいつも優しそうな笑みを浮かべているだけだったから。

「ええ、全然大丈夫です。奥さん、どうかされたんですか?」

「妻は少し風邪をひいて、寝とるんです。心配されんでも、たいしたアレではないんでね。大丈夫ですよ。」

「そうですか、大変ですね、昨晩少し冷えましたからね。それはお大事に。」

よかった。大したことなさそうだ。なるべくなら、このままずっとあの老夫婦と朝にすれ違っていられたらいい。せめて私たちが次の場所に引っ越すまで、ここにいる間だけでも、ずっと海風が吹いていたらいい。




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