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025_Orbital『Orbital 2』

あの関山ってやつ。絶対にめんどくさい奴だ。

たぶん。私のセンサーが感じ取ってる。なんか昔バンドやっていた私の兄と同じ匂いがするんだよな。こういうのは結構当たるんだ。あ、こういういけすかないところ、兄と一緒だ、と無意識に兄と関山の共通点を探して出している自分がいる。特にすごい自意識過剰なところ。そんなに、お前のことみんな注目してねーから、っていうところ。大いにある。

関山は私のひとつ下の年次ではいってきて、一応後輩に当たる。私が教育係もしつつ、今の課では2人が一番下っ端なので、雑用関係やらは関山と一緒にやらされる。しかし、この関山、仕事やら全般的にわたって、異様に鈍臭い。

最初だからしょうがない部分もあるんだろうけど、だいたい、自分でわからなかったら、すぐに人に聞けばいいのに、そのまま自分で考えて、抱え込んだままで腐らせてしまっていた。たぶん、下手にプライドの高いやつの特徴の一つなんだろう。そこも私が関山の気に入らない所以である。

自分なんて人よりできて当たり前のはずだって、心の中で思いたくて、簡単に人に聞けないのだ。そういう奴は、すぐにコップの水が溢れるように心の中でテンパって、瓦解する。案の定、すぐに私に聞けば済む話をいつまで経ってもほったらかしにしておいて、結果、二人とも上役から怒られる羽目になった。

ホント、どうしようもない、こいつ。

「お前さ、こういうわかんないことあった時はすぐ私に言えっていってるよね。わかってんの。わかってやってたら、マジぶちキレるけどね」

女なのにあまりに口が悪いんので、よく注意される私は、失敗した関山に対して特にいつも容赦ない。(この前、同期のマコトと飲んでいた時も、関山の使えなさについてを散々大声で喋っていたら、「他のお客さんのご迷惑になりますので」と、店員に注意されたくらいだ)

「いや、わかってますよ。すいませんでした。少し考えことしてたんです」

眼鏡をクイっとあげて、関山が取ってつけたような一応の謝罪の言葉を述べている。でも絶対、こいつ本心で私に申し訳ないなんて一言も思ってない。

「浅井さんには、ご迷惑をおかけしません」

「いや、さっき私とお前で上に怒られてるじゃねーか。すでにご迷惑かかってんだっつーのよ、こっちはさ」

「はい、今後、気をつけます」

はっ、もう、そのセリフ聞き飽きたわ。こうやって、失敗しないように失敗しないようにすることばかり気になっちゃって、結局失敗する奴いるよな。

うちの兄もそうだった。結局、そういう男って中身がない。バンドで食っていきたいとか抜かして、大学卒業しても、まともにちゃんとした会社に就職せずにバイトばっかり、俺はサラリーマンなんかなれないとか、あんなしょうもない曲で売れた奴らと俺のバンドを一緒にしないでくれ、とか売れない理由をあーだこーだ言い訳ばかり。結局、才能のない自分を認めたくないのだ。

「ホント使えねーなー、あいつ」

結果、マコトと飲んでいる時には、またいつも関山に対するグチが出てしまう。

「関山君、頑張っているところもあると思うけどね。まあ、正直、みゆきとは相性は悪いわね」

「ホント、あいつなんて言うか、カッコつけなのよね、性根が。私、ああいう男マジ嫌いなんだわ」

やはり、自分の兄が念頭にあるからだ。男は稼いで、実績出して、仕事できて、ナンボという想いがある。歯に絹着せない言い方をする私からしてみれば、口だけ男などは心底嫌いだ。

「そういやさ、たぶん、これ関山君じゃないかなーっていうTwitterのアカウント見つけたんだよね。会社関係のフォロワーはいないけど、プロフィール見る限りなんか関山君っぽいんだよね」

「へーマジで?どういうの?」

あいつ、Twitterやってんのか。そんなことアイツから、一言も聞いたことなかった。絶対フォローしないけど。なんか、めんどくさいこと呟いてそうだな。

「んで、なんて書いてんの?」

「なんか、音楽のことが多いのかな?たぶん学生の時から、クラブとかよく行ってたんだろうね、そういう話題が多いかな」

クラブ?あいつが音楽が好きだなんて、はじめて聞いたな。私は音楽は全然興味がないから、最新のアーティストとかそういうのも全然疎い。そういえば、私と趣味の話とか一回もしたことなかった。たぶん、私に話してもムダだろう、とかアイツ思ってそうだな。

「なんか、DJになりたかったって書いてあった。なんか、ブログとかも書いててそのリンク貼ってあるよ」

「ウッソ、DJ?関山が?どんなだよ」

そこで、リンク先の2人で関山の書いていると思われるブログを覗いてみた。

タイトル:至上の瞬間

この時間でも、まだ踊り続けている人は、フロアにたくさんいる。彼のDJを聴いていて、思うことは、どんな音楽を聴くかということもすごく重要なことだが、どこで、どんなシチュエーションで音楽を聴くかということも、同じくらい重要なことなんだと思う。
さらにその音がその音を聴いた光景を鮮明に蘇らせられるほど、印象的で素晴らしい音楽だったならなおさらだ。フロアにその音が鳴り響いた瞬間にあたりの空気が変わった時に、空気が別の速度で流れ、差し込む光が妙に神々しく思える。
空がしらみ、一番空気が澄んでいる夜明け前に、自分もその空気の中に溶けいってしまいそうなほどに静謐とした空間。このレコードを回すとき、きらめく美しい電子音の洪水と、永久に続くと思われるループは、曖昧に分かたれた日常と非日常の壁を溶かし、頭の中にうごめている抽象的な事象が全てひとつになっていく。
言葉に出すことはできない、言葉にすれば途端に陳腐になってしまう。胸にあふれんばかりの至高な体験とともに、そこに広がる景色はもっともっとその端を広げ拡張し、あなたの胸の中で鮮明なビジョンになって、その一瞬は永久にそして決して色褪せることはないでしょう。

うわー、やっぱめんどくせー。

マコトと顔を見合わせて、二人で関山のブログをそっと閉じた。

https://www.amazon.co.jp/Orbital-2-オービタル/dp/B078B6CCQ1/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=Orbital『Orbital+2』&qid=1619837055&s=dmusic&sr=1-1

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