165_Kula Shaker「K」
東京の大学に入って、隣の席だったシュウはモデルのようにスラリとして、見るからにハーフ然とした顔立ちで、北関東の地方から出てきた俺は面食らった。これが東京の大学かというカルチャーショックと、彼のキャラクターに入学1日目から翻弄されぱなしだった。
最初にシュウに顔を向けられて、話しかけられた。俺は正直テンパった。
「なあ、あの前の人の話、長くないか」
シュウはいかにも誰にでもそう話しかけているんだというくらいの、気持ちの入れ具合で俺に話しかけた。
「あ、ああ」
俺はビクビクした。最初、絡まれているんじゃないかと思ったのだ。俺はいつも、地元ではいつもヤンキーに絡まれないように目立たないようにしていた。
「ここのガクショク、すごくウマイって聞いたけど、本当かな?」
そんなこと、入学初日だから俺なんか聞かれても知らねーよと思った。俺の反応なんか気にもしていないという様子で、そこから堰を切ったかのように、シュウが話しだした。
「ボクは日本のご飯が本当に大好きなんだ。特に味噌汁が」
どう見ても、日本人らしからぬ碧眼をキラキラさせながらそうつぶやいた。これは昼は一緒に学食に行こうと、俺を誘っているのだろうかと勘ぐった。(後から彼と親しくなってわかったことだが、特にいつもそんなことは何も考えず、いつもシュウは大体こんな感じでいつも味噌質の話ばかりしている)
人と人の出会いなんていうものは、常に何らかの偶然がつきまとう。そして流れというものがある。たまたま入学式後のオリエンテーションで隣になった俺とシュウはそのまま学食で飯を食べに行った。彼は和定食を頼んで、本当に美味しそうに味噌汁を両手で椀を抱えて飲んだ。
「ああ、so wonderful! 聞いていた通りだ、ここのガクショクは相当ウマイって」
「そんなことはじめて聞いたけど」
「いや、それがそうなんだよ」
「ボクの母親は日本の和食の研究家で、シュウあなたが一人で日本の大学に行くというのなら、一人暮らしで必ずショク生活?が乱れるから、そういう時は日本の大学にガクショクというものがあるから、そこできちんとごはんを食べなさいと言われたんだ。それが日本の大学に入る条件だと。あと、しっかりしたガクショクのある大学を選びなさいと」
「ふふ」
俺は思わず吹き出した。
「ボクは元々日本のシズオカだったかな?そこに生まれて、小学校からは父親のいるアメリカに戻ったんだ」
「へえ、だからそんなうまく日本語を喋れるんだ」
「違う違う、日本で生まれたからって、そんな簡単に喋ることはできないヨ。So difficult.これは、そう、アメリカで母親がボクにずっとずっと日本語を習わせたから。家の中で、日本語を使わされていた。あとはアニメ。ドラゴンボールを1日中ずっと見てた」
そこからずっとシュウのマシンガントークがはじまった。大体が日本のご飯とアニメの話だった。俺の叔父が料理人で、地元で小さいけど割と有名な料亭をやっていることを話すと、わかりやすくテンションが上がって、必ず食べに行くよとはしゃいで言った。
シュウは黙っていればハーフの際立った顔立ちなのに、喋ると身振り手振りを加えてめちゃくちゃ表情豊かになるのがおかしみがあった。アメリカ人って本当に親しみ深くて面白いんだなあと、いくらかあったそれまでの偏見が全て取り払われたような気持ちだった。そしてそれが必然であるように、大学生活の中で、いつの間にか、僕らは親友になっていた。
シュウが面白かったのは、一緒にお互いの部屋でゲームをしたりアニメを見たり、日本の大学生らしくどんなに自堕落な生活を送っていても、ご飯だけはきっちり食べるということだ。学食で頼むのはいつも味噌汁のついた和定食だし、彼の家でも自分でしっかりと味噌汁を作っている。母親の教育の賜物だそうだ。
俺がたまにはマックにでも行こうとか言うと、外人らしくオーバーなリアクションで本当に理解できないという顔をした。
「なんでこんなに、Delicious、美味しいものに溢れているのに、日本人はマックでハンバーガー食べようなんて思うんだ?あーんなマズいもの」
「でも、味噌汁ばっかりで、シュウは飽きないのか?」
「あのね、貴仁(俺の名前だ)、この世でこんなに美味しい食べ物はないんだよ。In the Wolrd、本当に世界でも稀なんだ。父親の都合でいろんな国に住んだけどね、もうマズいマズい。ここまで美味しいご飯を出してくれる国なんて、世界でもそうそうないんだよ。日本人はそこらへんをキチンと理解したほうがいいよ。ボクはね、日本で死ぬまでこの味噌汁を食べていたい。一生の間にあと何回、この味噌汁を飲めるだろうって、指折り?数えてしまうくらいなんだよ。あと、納豆とお豆腐と…」
確かにシュウの日本食への情熱は凄まじかった。俺も料理人の叔父の料理を幼い頃から当たり前に食べていたから、ご飯と味噌汁という日本食の良さというものに随分と慣れ切っていた部分はあるかもしれない。シュウのおかげで、俺は改めて日本の良さを再認識したような気分だった。
「日本人って失敗に対してものすごく非寛容というか、失敗したらいけないって、そういうの生まれつきprogramingでもされているのかい」
「うーん、なんなんだろう。確かに日本はそういうところはあるとは思うけど、でもみんな失敗は嫌いだろ」
「いや、貴仁。うちの父親はこう言うんだ。小さな小さな失敗を繰り返せ、repeatしろって。それが一番早く成功にたどり着くための早道なんだ。日本人、小さな小さな成功ばかり繰り返して、やがてfall down、すごく大きな失敗をした時にどうしようなくなってしまう」
「アメリカは違うの?」
「Right. アメリカだと、小さな小さな失敗を何度も何度もrepeatして、自分でtry and error 試行錯誤?する。だから大きな成功を掴むことができる。結局、それが一番の近道なんだ」
シュウの話はロジカルで芯の詰まった話をする。一回、彼のファミリーが日本にやってきた時に僕を紹介してくれたが、彼の父親はウォール街でも働いたことのある証券マンなんだという。母親も日本人でも相当美人なほうだと思う。彼を通して成功したアメリカ人がそういう考え方をするんだなということ知って、本当に俺にとってカルチャーショックだった。
「貴仁、聞いてくれ。ボクは日本食が大好きだ。日本食の可能性、Futureっていうものを信じている。だから日本まで来た。この味噌汁を世界中の人間に食わせたいんだ。だから、会社を起こすよ」
シュウはキラキラした目で味噌汁に対する限りない情熱を語る。やがて俺もいつの間にかその熱っぽさにあてられて、卒業後、彼と一緒に会社を起こすことになるのだが、それはまた別の話だ。
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