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045_Primal Scream「Give out But Don't Give Up」

「佐川さん、電話ですよぉ」
「おい、姫ちゃん、やめてくれよ、今いいところなんだからさ。こんな時に仕事の電話なんて回さないでくれよお。ねえ」
「仕事しないと、私たちみんなおまんま食いあげでしょうがぁ!早く出てください、1番ですよぉ」

まったく、空気を読まない娘だよ、姫ちゃんは。もう少しテトリス最高スコア更新だって時にさ。彼女に聞こえるか聞こえないかの大きさの声でブツクサ言いながら、俺は、どうしてもクタっとした安物のダークカラーのシャツを少し直して、グレーと紺のストライプのニットのタイを手に心持ち整えた。

さてさて、仕事の電話を受けるんだ、そりゃいいかげんな装いじゃいけない。たとえ、中身はいい加減な人間であっても、外見ってのは自分の一番自分の外側の皮膚みたいなもんだからね。何事も姿勢が肝心よ。心の中で一人ごちながら、電話に手を伸ばす。

「はい、佐川でえす」
「本田だ」

げえ、またそっちの仕事ですかいなあ。
今日はどちらかと言えば、本業をシコシコがんばるつもりだったのになあ。まあ本業つっても、浮気調査かストーカー被害、人探しがうちの抱える案件の8割だからなあ。などと頭の中で色々な考えが、漫画のようにピンクや紫の煙のようにホワンホワンと巻き上がる。

これもそれも、電話先の本田先輩の声を聞いたことによる俺の脳の明確な拒否反応に違いないのだ。この電話の案件を真剣に聞くなと、俺の脳が訴えかけているに違いない。警察学校時代に先輩には意識飛ばされるまで、何度投げ飛ばされたわからないのだ。

「おい、聞いてるのか」
「聞いてますよお、本田先輩」
「その呼び方をするな、と言っているだろう。今日の分のシカクをメールでそちらに送る」
「今日はマルじゃないんですかい?」
「あんまり、気にするな」
「メールするだけだったら、わざわざ電話してこなくていいっすよ。それとも、そんなに俺の声が毎回聞きたいんですかい?」
「ふざけたこと言ってると、お前のところに案件まわさんぞ」
「もう冗談っすよ、そんな怒らないでください」
電話先でもキレ散らかしくる。今日は機嫌があんまりよろしくない。この人は現役の時の人間関係をそのまま引用してくる。まったく、パワハラ気質でナワバリ意識の強いのあそこの組織というものは変わらないだ。

ピーン。確かに、先輩からメールを受信している。外国人然とした顔写真入りのいつものフォーマットの依頼概要メールだ。
「ええーっと、今開きましたよ。あらら、これ系の人探し、前もやりませんでした?シカクにしては珍しいですね」
「あんまり、深く考えなくていい。とりあえず、お前はやれと命じられたことをやればいいんだ」
「先輩」電話口で俺は一呼吸おく。

「その言葉は現役の時に聞き飽きました。今は私、OBなんです、民間人。すいません。あくまでいちクライアントの依頼として受けていますんで。最低限、依頼の背景事情を承知しておきたいんですよ。何しろ、色々嗅ぎ回ってると、自分の身も危ないもので。国家権力やらなんの組織の後ろ盾もない、独立系の弱小興信所でしかないですからね、今の俺は」
少し沈黙がある。先輩もバカではない。俺がトチったら、結局は俺に仕事をまわした自分にもその火の粉が及ぶ。それはわかっているはずだろう。

「…、まあいい。お前の通り、いろいろ経緯のある話だ。正直、これは今後単純な人探しには終わらん。前と同じく、今回の人探しもおそらくは第3国における政治活動に一端を担っている奴らのあぶり出しになる」
「K国ですか」
「察しがいいな。もともと、こいつら母国の独立運動と称して、武力による解決も辞さないという過激派という扱いで現地の治安当局からは散々しょっ引かれている。その手を逃れて、一部が日本にも逃げてきて、各地に隠れ潜んでいるっていうことだ」
「前回のやつは、いろいろ調べているうちに、K国に車やら家電やら名義を変えて流していたりとか、ケチな商売をやっていたんですよ。たぶん、コイツも似たようなもんでしょ」

「その通りだ、前の案件の奴ともソイツとは絡みがあった。だが、一点、前とは異なる件がある。ソイツはどちらかと言えば、表舞台には一切出てこない。裏から手を回すタイプなのだろう。今は、ソイツの娘が色々と動いて仕切っている。メールを下にスクロールしてみろ、ぶら下がり部分に娘の写真もある」
「へいへい、どれどれ」
先輩の言う通りに、メールをスクロールすると若い女の写真が出てきた。
「ああ、いいすね、こういう顔の娘、タイプです。ただ、スタイルはどうかな、スリーサイズとか載ってないですか」
後ろで姫ちゃんが反応する。こっちの娘はセクハラ発言には非常にうるさい。

「とりあえず、その女の居場所を突き止めてくれ。期限は来週の水曜。その時点でどこまでわかったかの成功報酬だ」
先輩は俺のスリーサイズ発言は華麗にスルーする。
「はあ、また、報酬手渡しですか。いい加減、口座振り込みにして欲しいんですよねえ、うちもネット銀行の口座あるんでですね。そこ振り込んでもらえると、色々お得なポイントとか貯まるんですよ。いつまでもニコニコ現金払いじゃ、時代に取り残されますよ」
「うちの組織が死ぬほど縦割りでアナログだっていうのは、お前もよくわかっているだろう。ただこういうご時世だ。金の出入りとかそういうのは、アナログの方が都合がいいっていうのもあるってことだ」
「へいへい、わかりましたよ〜」
「以上だ。何かわかったら報告しろ」
プチン。言いたいことだけ言って、電話をきる感じ、まったく現役時代とかわっとらん。

本田先輩と俺は警察学校時代の部屋長とサブ長の関係だった。あまりに先輩が同部屋の後輩をシバき倒すんで、必然的に俺が後輩らのフォローに回らざるを得なかった。まあ、いわゆるヤクザのコンビ芸と一緒だ、コワモテが最初にキレ散らかして、優しめのやつがその後でうまく懐柔する。そして一番厄介なのは、こういった警察学校時代の同部屋の関係っていうのは、現役になってもずっと濃い形の人間関係のしがらみとして、良い意味でも悪い意味でも作用しているってことだ。

しかし、本庁勤めしてる時に、ある案件でトチってしまった俺が警察辞めるってなった時、いろいろ世話してまわってくれたのも結局、本田先輩だった。そして今は、こうやって警察が表立って調べられない裏の案件を俺のこの弱小興信所にまわしてくれるおかげで、なんとか食えていけている。まったく、これじゃあ先輩には足を向けて寝られない、というわけではない。何しろ現役の時の俺へのパワハラ気質は変わらないからだ。

「しかし、前回もそうだけど、なんかきな臭いよねえ、これ」
姫ちゃんがプリントアウトしてくれた女の顔を眺めながら、俺は言いようのない嫌な気持ちを覚える。窓からは午後のぬるい風が入ってきた。出してくれたコーヒーにたっぷりミルクを入れて飲みながら、俺はしばし感慨に耽った。

女か。こういう案件に女が絡むとロクなことにならない。何かといろんな感情が混じるからだ。こういう時の、俺の嫌な予感はだいたい当たる。俺が警察を辞めるきっかけとなったあの案件の時に感じたものと同じだ。

これはたぶん厄介なものに巻き込まれるぞ、と。

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