見出し画像

同期よ 余計なお世話だ

「同期がいい人ばっかりでよかったぁ」

あなたを助けてあげてる。みたいな顔だった。

私は弁当箱をすぐに閉まって、席をずらした。

隣に座って美咲はコンビニ弁当を広げる。

まるで男の子のような食事だった。

初めての同期に興奮しているのか、美咲はこれからの人生は楽しいものだと確信しているようだった。

初めての同期。
初めての社会人。
初めての仕事。
初めての給料。
初めての一人暮らし。
初めての会食。

これからやってくる初めての出来事に美咲はちっとも恐れ慄いていない。

「うん、そうだね」
「朝日先輩ってね」

私の相槌を下敷きに美咲は話し始める。

「高宮さんと、、あ、高宮主任だっけ、とね結婚してるんだってさ」

「え、そうなんだ」

「すごいよね、9つ離れてるんだってさ」

「なんか大人だね」

この手の話が大好きな美咲。

社内の裏事情を入社して数週間で入手している美咲は流石だなと感じた。

コンビニ弁当をもう半分以上食べ終わっている。

「そういえばコロナになった?」

「私はまだなってないよ」

「そうなんだぁ、」

「美咲ちゃんは?」

欲しそうな言葉を丁寧に差し出す。

「わたしね!!」

__________________________


昼食が終わった。

1時間の短い昼食があっという間に終わってしまった。

美咲は『ごめん!私10分早くお昼入ってたから、もういくね!』と言って、早足で出ていった。

私はスマホの画面を開く。時間は巻き戻らないことに絶望して、深いため息を吐き出す。

食堂の端っこで食べる私を助けたいと思ったのだろうか。

馴染めていない私を可哀想だと思ったのか。

「余計なお世話だなぁ」

食堂に今は誰もいないから、少し小さな声で、しかし確かな本音をこぼしたかった。

「一人で食べたかったなぁ」

8時間労働するというのはこんなにも苦しいのか。

さらに残業までしている先輩がいるなんて聞きたくもなかった。

長い長い時間の中、昼食だけが唯一呼吸がまともにできる時間だと思っていた。

「オードリーのオールナイトニッポン聴いて食べたかったなぁ」

唯一私が落ち着いていられる時間が、この昼食の1時間だというのに、それが失われたことに心底無念に思う。

あと、10分で昼食が終わる。

あと10分と言うことは、あと5分後には席に着いていなければ。

初めての仕事。
初めての同期。

ウキウキしている美咲の顔。

これから起こる予測もつかない労働にキラキラさせている美咲。

先輩との仲をもう既に確立させている美咲。

きっと私の知らないところで飲み会でも開かれているのだろう。

きっとそのうち、お泊まり会とかしているのだろう。

一人暮らし同士で、お酒を飲んで、エロい話とかをして、同期同士でヤッて、変な空気になるのだろう。

もう一度、私はため息を吐き出す。

テーブルに目をやる。

私が食べていた弁当箱はピンク色で冷凍食品で埋め尽くされただけだった。

母親から、もっと栄養のあるもの食べなさいよと言われていた。

恥ずかしいから、何となく、美咲が来た途端に蓋をして、風呂敷で包んだ。

美咲はきっと、野菜中心のお弁当と、フルーツが出てくるのだろうと思っていた。

「コンビニ弁当かぁ」

コンビニの弁当のハンバーグと唐揚げが一緒になってるやつ。

最高に美味いやつ。

テーブルにもう一度目をやる。

そのハンバーグの下に敷かれたパスタが弾かせたであろうタレが付着していた。

私はアルコール除菌でテーブルを拭き、椅子の脚を持ち上げて閉まった。

54分

急いで行かねば。

弁当箱が揺れる。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?