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【父と軽トラ】

父がクルマの運転免許を取ったのは40歳を過ぎてからだった。若い頃からバイクには乗っていたのだが、クルマは遅かった。

本人はバイクだけで充分に満足していたのだが、勤めている会社にクルマの免許が必要だと言われて遅ればせながら取得したのだ。

バイクの運転は上手かったが、如何んせん40歳を過ぎてから乗り始めたクルマの運転は、晩年になってもそんなに上達はしていなかった。

クルマの免許を取って、父が最初に買ったクルマが中古の〈軽トラ〉だ。僕が高校生の時だった。その〈軽トラ〉は、現在のように鼻が無いスタイルではなくて、ボンネットのある形の〈軽トラ〉で、凹みもキズもあるボログルマだった。なんでも無茶苦茶安かったらしい。

5人家族なのに2人乗りの〈軽トラ〉なのだ。

「始めこれで練習するんじゃ」

そう言ってはちょくちょく乗っていた。

その〈軽トラ〉は当然マニュアルミッション式であったので、それで運転を覚えた父は終生マニュアルミッションのクルマにしか乗らなかったし、乗れなかった。

今でこそ〈軽自動車〉は660cc.の高性能エンジンによってガンガン走ってくれるのだが、当時の〈軽自動車〉の排気量は360cc.だったので本当に非力だった。

360cc.でもスポーツタイプの〈軽自動車〉はそれなりに走るクルマもあったのだが、父の〈軽トラ〉のエンジンは最低の出力しかないヤツだったから、走らないってもんじゃなかった。

さてある日のことである。釣り好きの父は、その〈軽トラ〉にひとり乗って、片道60kmはあろうかという奥山に渓流釣りに出掛けたのだった。

・・・・・・・

夕刻になって〈軽トラ〉が帰ってくると、父はドアを開け、中から這い出すように出てきたのだった。

なんでそんなに疲れているのかと訊いてみた。

「こりゃぁ走らんっちゅうもんじゃないどっ❗️山道の登り坂じゃ止まりそうになるしのぉ・・」

父はウンザリしたようだが、僕たち男兄弟3人は、それでも我が家の初めてのクルマが嬉しかった。近所のカッコいいクルマと比べると、そのボロさ加減に恥ずかしさも覚えたのだが、1年後に次の新車が来るまで、僕たち兄弟は綺麗に洗車しては可愛がったのだった。

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