【迫力勝ち①】
ホテルの宴会場で使用する〈テーブル〉には色々な種類の物がある。
最もよく使うのが〈2―6:ニイロク)といって、板面が2尺×6尺:約60cm×180cmの大きさのテーブルである。未使用時には脚を内側に折り畳み、コンパクトにして倉庫に収納する。
〈2―6〉の他には・・
〈3―6:サブロク〉
〈2―3:ニイサン〉
直径が6尺:約180cmの丸テーブルが真っ二つに別れている〈大マル〉
それより一回り小さい1枚物の〈中マル〉
更に小さい〈小マル〉
それに、扇型やバームクーヘンを4分の1に切ったような特殊な形のテーブルなどがある。
・・・・・・・
さて、ある時である。
大手の宝石問屋が、ホテルで最も広くて大きな宴会場「荘厳の間」を貸し切って〈宝石の展示会〉を開催することになったのだった。
3日間、借り切っての展示会で、ゲストには有名女優まで招くという、大変に大掛かりな催し物なのである。
だから、展示する宝石類の数も厖大な量なので、セットするテーブルの数も尋常ではない。
会場作りは、その日予定の総ての宴会が終った後の深夜に行われる。セッティングはホテルの宴会課の我々スタッフが担当する。
使うテーブルが〈2―6〉だと奥行きが無いので、展示会では〈3―6〉のテーブルを使うところもあるのだが、殆んどのコーナーでは〈2―6〉を並列にくっ付けて、奥行きを4尺:約120cmにしてセッティングをしていくのである。
そして、〈2―6〉や〈3―6〉を、3間:3本や、5間・6間と縦に繋いで、長~い展示台を組んでいくのだ。
そうして並べられたテーブルには白いクロスを張り、回りに装飾用のスカートを付ける。
展示台の設置場所に関しては、宝石会社が指定する位置が書かれた平面図を見ながら決めていく。
図面通りにテーブルを並べ、クロスを張りスカートも取り付け終ってホッ!としているところへ、宝石会社の社長がやって来て言うのだった。
「あ~~ホテルさん❗️折角並べて貰ったんだけどさぁ・・ほら、ここんとこ・・全体をもう3cm後ろに動かしてくれないかなぁ」
ところが、一旦テーブルの位置を決めてクロス・スカートをセットしてしまった長いテーブルを動かすとなると、どんなに慎重にやっても、張ったクロスは皺だらけになるし、繋げて並べてあるテーブルもグニャグニャになってしまうのだ。
ましてや〈2―6〉をダブルでくっ付けているところは動かすのが不可能だ。
それでも容赦なく社長の声が飛んでくる。
「こっちはさぁ、2cm前に出せるかなぁ~」
セットした殆んどのテーブルにダメ出しをする社長なのである。細か過ぎるのだ。
仕方がないので、言われるがままにスカートを外し、クロスを剥がしてやり直し続けた。
そして、6間〈2―6〉ダブルの展示台の3回目のやり直しが終った時、同僚の1人が社長に声を掛けた。
「社長さん、これで如何でしょうか・・?」
「ん~~~悪りぃけどさぁ全体を1cm・・」
瞬間、そう言う社長の言葉を遮り、テーブルを「バ~ン❗️」と叩いた同僚が大きな声を出した。
「これで決まりじゃあ❗️」
驚いた表情の社長だったが、その迫力に圧倒されたのか、全く反論ができなかったのである。
「あぁ・・そうですか」
同僚の一声によって、やっとテーブルセッティングを終了することが出来たのである。
・・・・・・・
結果、3日間の展示会は無事に終り、宝石会社は引き揚げていった。
・・・・・・・
後日、風の便りに、社長がホテルの営業担当者に残していった言葉が耳に入ってきた。
「お宅のホテルには恐い方がおられますねぇ・・」
従業員の暴言にクレームを付けられても文句が言えないところなのに、それだけで事が済んだようである。
同僚の迫力勝ちだった。
(☆〈荘厳の間〉の名称は架空のものです)
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