マガジンのカバー画像

短篇小説千本ノック

12
一作家一作品の縛りを設け、短篇小説をひたすら読みこんでいく企画です。
運営しているクリエイター

2018年8月の記事一覧

【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」

【短篇小説千本ノック11】黒歴史を抹消せよ——ジョヴァンニ・パピーニ / 河島英昭訳「泉水のなかの二つの顔」

 いったいに、私は多感な幼少年期に、水木しげるの漫画や、円谷プロ往年の特撮ドラマ『ウルトラQ』(父親が買ってきたVHSのテープが擦り切れるほど観た)の薫陶を受けたおかげで、怪奇・幻想的な物語が大好きである。そのため、この【短篇小説千本ノック】で取り上げる作品も、多少なりとも幻想小説に偏ったチョイスになることと思う(現にもうそうなっている)。
 今回扱うイタリアの作家ジョヴァンニ・パピーニ(1881

もっとみる
【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」

【短篇小説千本ノック10】融解する境界—―吉田知子「恩珠」

 これまで読んだなかで、いちばん怖い小説を教えてください。
 こんな質問をされたことがある。
 怖い小説、なかなか難しい質問だ……とは思わなかった。なんとなれば、私は比較的、というより明らかに怖がりの範疇に入る性質の持ち主であり、怖い、と思ったモノ・コトは、この灰色の脳細胞に深く刻み込まれている。
 試みに、これまで読んだ怖い小説を列挙してみよう。
 内田百閒「青炎抄」、半村良「雀谷」、筒井康隆「

もっとみる
【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい水死人」

【短篇小説千本ノック9】ありえなかった記憶の物語――ガブリエル・ガルシア=マルケス / 木村榮一訳「この世でいちばん美しい水死人」

 もうすこし、ラテンアメリカの小説について話したいのです。お付き合いください。

 これまで読んだ小説で、最高の一作はなにか?
 途方もない質問である。対する答えを、私は持たない。が、これまで読んだ小説で、読んでいる間中、ほんとうに、ただひたすら楽しくて楽しくて、読み終わるのが心底惜しかった作品、そして何度繰り返し読んでも、汲めども尽きない物語の圧倒的な力を感じさせる小説、これはもう決まっている。

もっとみる
【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」

【短篇小説千本ノック8】究極の恋愛小説――アドルフォ・ビオイ=カサーレス / 高丘麻衣・野村竜仁訳「パウリーナの思い出に」

 前回紹介したドノーソ「閉じられたドア」が収められている『美しい水死人――ラテンアメリカ文学アンソロジー』(福武文庫)にはラテンアメリカ圏の傑作短篇が惜しげもなく収録されており、斯界の入門にはもってこいの一冊だ。捨て作がない。
 優れたアンソロジーは、その後の読書の指針になる。このアンソロジーがなければ、ホセ・エミリオ・パチェーコやフェリスベルト・エルナンデスといった優れた作家の名を知ることはなか

もっとみる
【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」

【短篇小説千本ノック7】救世主たち――ホセ・ドノーソ / 染田恵美子訳「閉じられたドア」

 今回の【短篇小説千本ノック】では、チリの作家ホセ・ドノーソの短篇「閉じられたドア」を扱う。
 いま私はドノーソをチリの作家と言ったが、彼はチリ大学在学中、奨学金を得てプリンストン大学に留学した俊英で、はじめての短篇は英語で書いている。また、本格的に作家デビューを果たしたのちは、メキシコ、アメリカと渡り歩き、六七年から八一年までの期間はスペインを活動拠点としていた。代表作とされる長篇『夜のみだらな

もっとみる
【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」

【短篇小説千本ノック6】向こう側の語り——イアン・マキューアン / 宮脇孝雄訳「押入れ男は語る」

 子どもの頃、押入れが怖かった。むしろ、いまでも怖い。
 押入れにかぎらず、私は物心ついたときから閉所恐怖症の気味があって、そもそも狭くて暗いところが苦手なのである。
 古いエレベーターに乗ると呼吸が浅くなるし、扉の上下に隙間のない個室トイレにも極力入りたくない。利用したことはないが、カプセルホテルなんてのもたぶん無理だろう。
 とはいえ人間の趣味嗜好は千差万別、狭くて暗い空間は逆に落ち着くという

もっとみる