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「古代ギリシアのブロンズ彫刻 ~総合的推論のために~」

1月末から本格的に石膏像についての記事をアップし始めて、ずっと継続して古代ギリシアを取り上げています。アルカイック期→クラッシック期と進んで、ようやくヘレニズム期に入りました。ヘレニズムを紹介し終えたら、そこでいったん古代ギリシアから離れて、古代エジプトに移ろうと思っています。

フォロワーさんもずいぶん増えて、もう500以上。スキやコメントが増えたわけではないので、いまひとつ実像が見えない感もありますが、まずはたくさんの方にご覧いただける可能性が広がりつつあるということで、有難く思っています。

さて、今日は書籍のご紹介。

「古代ギリシアのブロンズ彫刻ー総合的推論のために」羽田康一著 2008年 東信堂刊

古代ギリシアの大型ブロンズ彫刻だけにターゲットを絞った著作です。著者の羽田先生は、現在は東京藝術大学・美術学部の講師をなさっています。


初めてこの本を手にしたときは、自分がブロンズ彫刻というものにこれほどまでに無知だったのかと愕然とした記憶があります。それまでは古代ギリシア文明におけるブロンズ彫刻の重要性をまるで理解していませんでした。

多くの方が同じような認識だと思うのですが、古代ギリシア彫刻=大理石と思い込んでいませんか?これは大きな間違いです。古代ギリシア人にとっては、彫刻といえばまずブロンズというくらい、ブロンズによる表現を大切にしていました。現代の考古学で古代ギリシア文明のマスターピースとされている彫刻作品のほとんどは、まずブロンズで作られたものでした。

アルテミーシオンのゼウス(またはポセイドン)


なぜ現代の我々が、古代ギリシア=大理石と思い込んでしまうのか?それは16世紀以降に考古学の名の下に発掘されたたくさんの古代遺物のほとんどが大理石製だからです。イタリア・英国・フランス・米国の大美術館に展示されている古代ギリシアの古代遺物は、大半が大理石製でブロンズ彫刻の比率は僅かです。

発掘物にブロンズ像が少ない理由は明白です。それはその素材が可逆性のあるものだから。つまり溶かされて再利用されてしまったわけです。高度な技術を駆使して古代ギリシア人が作り上げた素晴らしい彫像であっても、その後侵入した異民族にとっては単なる金属の塊だったのかもしれません。それらは武具や農工具に姿を変えてしまったのでしょう。略奪される前に土中に埋没した作品や、移送途中の船が沈没し海中に没したブロンズ像が幸運にも生き残り、近世になって発掘されたのです。

例えば、石膏像でもおなじみの
・ボルゲーゼのマルス
・ボルゲーゼの闘士
・ヴィエンヌのヴィーナス
・円盤投げ(ディスコフォロス)
・ヴェルヴェデーレのアポロン
・傷つけるアマゾン
・ソクラテス像
・ディアデュメノス
などなど、これらのオリジナルは全てブロンズ像だったと考えられています(いずれも現存しない)。

ルーブル美術館収蔵のボルゲーゼのマルス(大理石製 ローマンコピー)


ボルゲーゼのマルス、ボルゲーゼの闘士はルーブル美術館の重要な展示物ですが、いずれもブロンズのオリジナル彫像をお手本にしてローマ時代に作られた複製品です。

このような事実を踏まえると、古代ギリシア彫刻のなんたるかを理解するためには、まずブロンズ像について学ばねばならないということになります。

レッジョカラブリア国立博物館 リアーチェの戦士(A)


そこでこの本。完全な学術論文として書かれているので、ややとっつきにくい印象はありますが、文章は簡潔で平易ですし、一定の項目に従って個々のブロンズ像を分析していく形で書かれていますので、古代ギリシアのブロンズ作品についての辞典的な捉え方もできる素晴らしい書籍です。

彫刻作品の形態(どんな意味を持つ彫像なのか?)についてのみならず、その素材、製造工程、発見の経緯、その後の科学的な検証結果・・など、タイトル通り「総合的推論」が展開されています。古代ギリシャ彫刻について理解を深めるためには、必須の一冊だと思います。

(写真はWikimediaから)




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