見出し画像

ゲームは娯楽ではなく、心身のメンテナンスの手段。

最近、縁があって、毎週、ゲームセンターに行ってる。
それは、私の体や考え方に、ゲームをしながら考えてる。

私がやっているゲームは
決まって「CHUNITHM(チュウニズム)※画像」という音ゲー。
そのゲームをしながら
①その時にしか話さない人格もいる
②筐体の形が個人の空気になれる
③私自身も本気で泣いている時も
④楽曲が私の好きな曲が沢山ある。



遊びというより、週に一度のメンテナンス日和。
でも、その「CHUNITHM」だけがメンテナンスだと思ったけど、先日、他の筐体・ゲームもやってみた。
1つ、侵略ゲーム。もう1つは、ポーカー。
結果は、どっちも現状の精神状態の把握の為にやっている感じだった。

特にポーカーの方が、人格や精神状態が露骨に現れていた。

攻めるのか守るのかを考えるから守りたい、守る時と思ったら、手札をみて、攻撃的な人格が攻めに出て、よくよく考えたら勝てそうもない場面でオール・インをしたり、逆に勝てる時に、Betを控えめにしたり、極端に多くしたり…

こういう事を数日経って、整理して、普段の
【私にとってのゲームとは何か?】を考えてみた。
答えは、メンテナンスだった。
どんなジャンルのゲームは私にとっては、つまらなく感じた。
カードゲームの勝敗は負ければ悔しい。もっとうまく行くのにって、勝つのは当たり前。
そういう感情はある。

あるにはあるけど、パズルゲームもカードゲームも「頭の中で考える必要がない物」と認識している。

誰かと一緒にやる時にはどうなるのか分からないけど、私個人で一人でゲームをやる時は、【娯楽ではなく、考えたい事を集中して考える事・整理する為のメンテナンスの時間】であるんだと思う。

だから、ゲーム=楽しむ物ではない。
本当の趣味はなんだろうな…

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
がるちゃん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?