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エレベーター

舞台下手の床には、テープが正方形に貼られている。6人は領域内に入れる大きさ。
これは会社内を昇降するエレベーターである。
上手の床には、ふたつの正方形。それを結ぶようにはしご状のテープが2列。
これは階段である。
舞台中央奥の壁には、エレベーターが今いる階数を表示してもよい。

会社ビルの1階。Kはエレベーターを待っている。
階数表示がゆっくりと1に近づいていく。
40……39……そこへ、社員がふたりやってくる。
Kは軽く会釈をする。
となりの班の箕輪と村上。
顔は見知っているし、何度か雑談も交わしたことはある。
飲み会の席で笑い合ったこともある。
しかし、今は昼休み残り数分の、貴重なひとりの時間だ。
話題も特に浮かばない。

階数表示をじっと見つめて、目を少しもそらさないK。

つまり、Kと箕輪・村上とは仲がよくない、いや、よいとか悪いとか判断が起こる仲というものがまだ形成されていない関係にあった。もっといえば、二者に関係はなかった。
関係はないのに知り合いではある……Kは階数表示を見ながら、そういうことを考えてふたりと時間を共有していることをごまかしていた。

箕輪「お昼、なに食べたんですか?」
K「……」
箕輪「Kさん?」
K「え、え? ああ、おつかれさまです」
箕輪「はい。お昼いかれてたんですか?」
K「はい」
箕輪「なに食べたんですか?」
K「ああ、えっと……コーヒーとパンを」
箕輪「お昼あんま食べない派だ」
K「どうだろう、うーん」
箕輪「ていうかおしゃれ。ねえ」
村上「たしかに」
K「いやちが、たまたまあの、入ろうとした店がいっぱいで、もうコーヒーでいかなって」
箕輪「えーほんとはどこ行こうとしてたんですか?」
K「えっ……あの、ふつうに、なんかラーメン?」
箕輪「いやきかれても」
K「ラーメン、ラーメンです」
箕輪「へえ。うちらあんまラーメン行かないよね」
村上「たしかに」
箕輪「なんかおいしいとこあるんですか?」
K「あー、どうでしょう」

エレベーターが到着し、扉が開く。
誰も乗らない。
最初に待機していた人から順に乗っていくのがエレベーターの常識にもかかわらず、Kが乗り込まないせいである。
箕輪と村上が利き手であおぐようにエレベーターの方へとKを促す。
Kは声に出さず「あー、いやいや」という口をしながら、箕輪らより少しだけ大きな動きでふたりの乗り込みを促す。
箕輪と村上、うなずくようなお辞儀を小刻みにしながら乗り込む。
回数ボタンを押してもKは乗ってこない。
「開く」のボタンを押しながらKに呼びかける箕輪。

箕輪「どうぞ」
K「いや、あの、あ、先いいですよ」
箕輪「えなんで、同じ階ですよね?」
K「まあ、そう。なんですけど、あ、階段で行こうと思ってて、あのおなかいっぱいになっちゃったしちょっと運動を」
箕輪「いやいや、コーヒーとパンでしょ?」
K「パンめっちゃ食べたんですよほんと行ってください大丈夫なんで」
箕輪「ほんとに階段?70階まで」
K「もう全然、あの」

言いながら、Kは身体をふたりの方にむけたまま階段の方へ動き出している。

箕輪「そうですか」

箕輪は開くボタンから手を離す。
Kは別のエレベーターを待って乗ればいいものを、律儀に階段をあがっていく。

箕輪「すごくない? 70階まで階段だってよ」
村上「たしかに」
箕輪「そんな運動しなくてもよさそうだけどね。すらっとしてるし」
村上「たしかに」
ふたり「……」
箕輪「まじで遅いよねここ。昼休みいつも5分はエレベーターの中じゃない?」
村上「たしかに」
箕輪「Kさんの方が先に着いたりして」
村上「たしかに」

K、階段を離れてエレベーターの方へ。
のぼりのボタンを押す。

箕輪「食べ過ぎたな。眠くなってきた」
村上「たしかに」

エレベーターがKの待つ階に到着する。
扉が開き、Kと対面する箕輪と村上。

箕輪「あ」
K「あ」
箕輪「どうぞ」
K「あ、いや間違えたすいません」

K、乗らずに階段へ。

箕輪「え?」

扉が閉まり、エレベーターは再び昇っていく。

箕輪「ほんとにはやかったね」
村上「たしかに」
箕輪「ていうかなんで乗らなかったの?」
村上「たしかに」
箕輪「一緒に乗りたくなかったのかな」
村上「たしかに」
箕輪「……きょう暑いよね?」
村上「たしかに」
箕輪「焼き魚辛かったくない?さっきの店」
村上「たしかに」
箕輪「明日雨降ると思う?」
村上「……」
箕輪「晴れそうよね」
村上「たしかに」
箕輪「なんで『たしかに』しか言わないの?」
村上「?」
箕輪「何言ってもさあ、きょうずっと。『たしかに』しか言ってなくない?」
村上「たしかに」
箕輪「やめろって」
村上「……」
箕輪「ちょっと腹立つから」
村上「たしかに」
箕輪「おい」
村上「……」
箕輪「まじでやめろ? 次言ったら殺すぞ?」
村上「……」
箕輪「……」

無言のふたりを乗せて昇っていくエレベーター。
Kも階段を無言であがっていく。
エレベーターの駆動音と、Kの荒くなった息だけが聞こえる。

箕輪「まあ、ごめん。ちょっと言いすぎたわ」
村上「たしかに」

村上、箕輪にボコボコにされる。
村上は倒れて動かない。
エレベーターの駆動音と、Kの荒くなった息だけが聞こえる。

箕輪、途中の階でエレベーターをとめ外に出て、階段をあがりはじめる。
しばらくしてエレベーターの扉が閉まり、昇っていく。

K、疲労のためか再びエレベーターの前に行く。

エレベーターがKの待つ階に到着する。
扉が開くと、Kの目の前には倒れている村上。

K「あ……」

K、エレベーターに乗り込む。
扉の方を向いているK。まるで村上など見えていないかのよう。
呼吸を整えるK。

ふたりを乗せたエレベーターが昇っていく。
箕輪は無言で階段をあがる。
エレベーターの駆動音と、箕輪の荒くなった息だけが聞こえる。

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