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ブレスレットと恋人繋ぎ

さっきまで手に持っていた箸を置いて代わりにジョッキを握るようになった頃。僕は居酒屋の喧騒の中でさくらの横に座っていた。

さくらは桃色の口角を上げて僕に話しかけた。

「ねぇ、いぶき。耳貸して?」

「なんだよ」

僕が差し出した左耳をさくらは甘噛みした。

「っ!なんだよ、急に」

「へへ、びっくりした?耳、噛まれると気持ちい?」

「気持ちいいも何も。びっくりしたよ」

「ごめんごめん、冗談。もっかい貸して?」

僕はさっき噛まれた所を少しさすって、また恐る恐る耳を貸した。

「……2人で抜け出そ?」

「いいのかよ、主役が抜けて」

「大丈夫」

今日は大学の学祭の打ち上げ。我らが軽音同好会からは3つのバンドがステージに立った。

さくらがギター兼ボーカルのバンドが今日のステージで1番盛りあがって、なんだかありがたい賞まで頂いていた。

この飲み会はその祝いの席だった。

「門倉さん!私、明日用事があるんでそろそろ帰ります」

「お、わかった。誰か送ってやれるやついないのか」

「あ、いぶきに送ってもらいます」

「わかった、気をつけてな。お疲れさん」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様っす」

「あ、いぶき。ちょっと……」

僕は門倉会長に呼ばれて耳打ちをされた。

「さくらはうちの同好会のエースだ。みんなの憧れなわけだ。だからいぶき、わかってるよな。『そういうこと』には……」

「大丈夫っすよ、門倉さん。何かあっても上手く逃げますよ」

「頼むぞ、いぶき」

僕は門倉さんに背中を叩かれた。

店を出るとさくらが夜風に当たって酔いを覚ましていた。僕に気づくと座ってたガードパイプから降りて歩き始めた。

「あ、遅いよ。門倉さんと何話してたの」

「んー?さくらと『そういうこと』にならないようにな、ってさ」

「えー?『そういうこと』になるの?」

「さあ?どうかな」

しばらく僕らは今日のことを話しながら歩いた。やれあそこのリフがどうだ、あの進行がどうだ……さくらのバンドの曲作りを担当している僕は次の曲のことを考えていた。

「あのさ、」

さくらは酔いが覚めたのか、何やら真剣な表情だった。

「さっきの話なんだけど」

「どの話?」

「その……『そういうこと』の話」

「……あぁ、うん」

「いぶきは、その……したい、とか、ないの?」

「無いわけないよ。健全な男子大学生なんだから」

「好きな人、じゃなくても?」

「……男の『したい』はね、2つあるの。捌け口と確認」

「捌け口、って。最悪……」

「でも、事実だと思うよ。さくらとなら……確認、かな?」

「それって?」

「……好き、なんだと思う」

運悪く横を走り抜けた深夜の暴走車にかき消された。

「……なに?」

「ううん。この前もさ、友達と服買いに行ったんだよ」

突然、関係の無い話を始めた僕をさくらは不思議そうに見上げた。

「その時にふと、レディースのお店に置いてあったブレスレットを見て『あぁ、これさくらに似合いそうだな』って思ったんだ」

横目でさくらを見たけど視線があっただけで何も言わなかった。

「曲書いてる時に『あぁこれはさくら弾きにくいかもな』とか考えることはあったけど、なんでもない時にさくらを思ったのは初めてだった」

「そっか」

「でね?その時のブレスレット。実は持ってきたんだ」

「え、うそ」

「ほんと。ほら、これ」

僕は渡す予定がなかったブレスレットをリュックから取り出した。

「開けていい?」

「どうぞ」

「……すごい!かわいい!」

「そう?よかった。じゃあ、それプレゼント」

「嬉しいけど、なんか申し訳ないよ。なんでもないのに」

「じゃあ、なんか理由付けようか。そうだな……プロポーズの指輪、みたいなのはどう?」

「どう、って」

「僕はやっぱりさくらが好きみたいだからさ、僕の彼女になってほしい。それじゃ、だめかな?」

まだ少し頭に残るアルコールが僕の想いを滑らせた。

「…………門倉さんに怒られるよ」

「はは、そうかも。黙っとかないと」

さくらはブレスレットを腕につけるとその右手を差し出した。

「どう?」

「似合ってる」

「帰ろ?」

「うん」

僕はさくらの右手を握った。さくらはそっと指を絡ませてきた。

さくらの右手のブレスレットに象られたチューリップが車のテールランプを浴びて赤く反射していた。

〈完〉

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