制服と太陽
ガララッ……
「お待たせしました。どうぞ、中へ」
担任に声をかけられ、私は親と教室の中に入った。
いつもは規則正しく並んでいる机たちは教室の後ろに追いやられ、真ん中に4つの机が2つずつ向かい合っていた。
さっきのクラスメイトが残していった重苦しい空気がまだ漂っている。
「さて、お待たせ致しました。それでは進路懇談の方を始めていきます」
「よろしくお願いします」
親が頭を下げたので、なんとなく一緒になって頭を下げる。
散々聞かれた。
「大学に行くの?就職するの?」
「将来何がしたいの?」
「やりたいこととかないの?」
「なにもしないの?」
まるで問い詰めるかのように。
やりたいことなんかまだ見つかってない。たった18年の人生だ。これからの方がよっぽど長い。
もうやりたいことを見つけている友達はかっこいいなと思うけど羨ましいとは思わない。
親が必死で学校での私のことについて聞いている。担任も嘘くさい笑顔でひとつずつ答えていく。
どうせまた、進路のことを聞かれる。
億劫になりながら窓の外を見る。鳥がまっすぐに横切って行った。
あいつはなんで迷わず真っ直ぐ行けるんだろうか。どこを目指しているんだろうか。
「鳥になりたいです」
そんなふうに答えてやろうかとも思ったが、そんな子供じみた答えはアホらしくなってやめた。
「で、どうしたいんだ?大学に行くのか?」
担任が相変わらず嘘らしい笑顔で尋ねてくる。私は意地でも口を開くもんか、と口を噤んだまま何も言わなかった。
「なぁ、答えてくれないと何も言えないよ」
「ほら、ちゃんと言いなさい」
言ったところで話は堂々巡りだ。どうせわかってもらえず、壊れたペッパーみたいに「将来なにがしたいんだ」と繰り返すだけに決まっている。
いい大学を出て、いい会社に入って、いい人と結婚して、いい家庭を築いて、いい仲間に囲まれて退職して、いい老後を過ごして、いい人たちに見守られながら死ぬ。
「いい」ってなんだよ。なんであんたらに決められた生き方なんだよ。これから先の生き方をどうしても今決めなきゃいけないのはなんでだろう。
歩いて歩いて、躓いて転んで、傷ついて挫けて、それでもまた歩き始めて。そんなことを繰り返しているうちにきっとわかるはず。
私は何になりたいのか。私は何をしたいのか。私の夢、私の生き方、私の自由。
今はまだ知らなくたっていい。誰からも教えてもらえなくたっていい。やっと制服を脱げるんだから。
「なぁ、いい加減話してくれないか」
懲りずに担任が詰め寄ってくる。
「ほら、どうしたいかはっきりしなさい」
親も一緒になって責め立てる。
私は何もかも嫌になって椅子を倒して教室を出た。後ろから呼び止められたけど気にせずに走り出した。
夕陽の眩しい校庭。教室を飛び出した興奮と自由になれた喜びと燦然と輝く未来への期待と。
走り回る私の足元で制服のスカートが風に膨らむ。広い校庭に私ひとり。同じ匂いのする
制服と太陽。
〈完〉
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