自殺罪
風に吹かれながら鮮やかな茜色を見上げた。少し感動したけど涙は出なかった。
見下ろせば遥か下に人が行き来していた。
あ、誰か私に気づいた。嫌だな、騒ぎにはしたくなかったのに。
私は小さく息を吸って空中に足を踏み出した。下で叫ぶ人達の声がどんどん近づいてきたのを最後に身体中に強い衝撃を感じた。
黒いスーツを来た大柄な男たちに担ぎあげられたのが最後の記憶だった。
時は30××年。ありとあらゆる技術が発達して便利になった世界はこれ以上の発達の余地を失ったかに思われた。時間と知識を持て余した世界中の研究者が目をつけたのが医療の分野だった。
世界中の研究者や技術者によって医療の分野が凄まじいスピードで発達したことでありとあらゆる病は簡単に完治する世界になったものの、平均寿命はあまり伸びなかった。
人が簡単に死ぬことがなくなり人が半不老不死になった結果、増加したのは自殺者の数だった。
肉体は継ぎ接ぎで延命できても人間の脳、つまり精神は100年かそこらで死ぬようにプログラミングされていたからだ。
精神に異常をきたしたり、未来に絶望して自殺をはかるものが増えた世界で日本国は自殺者の身元特定のための組織を作った。
この組織は日本中の交番や警察署に配備され、自殺者が出ればすぐに現場に駆けつけて病院へ送って死亡した場合は遺族に送り届けるという役割だった。
しかしこの組織は表向きの顔で裏の顔は日本国で秘密裏に作られた「自殺罪」というものを管轄する組織であった。
自殺という行為を殺人のひとつとして罪に問うのが「自殺罪」だった。
しかし、施行するにあたって他者の殺害とは違って加害者と被害者が同じであるため、どのような刑に処するのかという議論がなされた。
国の叡智が集結して頭を抱えていた時にある技術が開発された。それは「人造の肉体に脳を移植することで一時的に生き返らせる」という技術であった。一時的なサイボーグのようなものであった。
これに目をつけた国が施行した刑罰が「葬儀刑」というものであった。自殺した者の脳を肉体に移植して自身の葬儀に参加させるという刑罰だった。
それによって自身の死を悲しむ周りの者たちを見て自殺したことを悔いるようにしたものだった。
「なるほど。それで私は今ここに生きているんですね」
「ええ、そういうことになります。あいにく、女性型に空きがなかったので男性型となっていますが御容赦ください」
「なんでもいいです。早く連れて行ってください」
「それではあなたの葬儀が行われている場所へ向かいます」
死んだはずの私は目を覚ますとスーツを着て椅子に座っていた。
笑顔を張りつけたような表情の男性に連れられて乗り込んだ黒いリムジンが走ること1時間。降りた場所は私の名前が貼られた葬儀場だった。
「どうせ悲しんでいる人はいない」そう決めつけていた私にとって目を疑うような光景がそこには広がっていた。
自分の知り合いですらない大人たちが数十人、いや100に届こうかというほど集まっていた。
「この人たちは?」
「あなたが自殺したニュースになり、ぜひお焼香をあげたいと集まった方々です」
「私、いじめられてたんですよ?」
「えぇ。それも同情を誘ったひとつの理由でしょう」
「これじゃあ晒し者みたいじゃないですか」
「そうですね」
男の表情はずっと変わらずにこにこしているだけだった。
「どうせいじめていた奴らは嘲笑っているんですよ」
「かもしれませんね」
「もういいです。もうこんな世の中に未練はありません」
「よろしいですか?」
私は振り返らずさっきのリムジンに戻った。
その後私は遺言のひとつも残さず帰らぬ人となった。
「あの子はどうだった?」
「えぇ。『晒し者じゃないか』って、死んだことを悔やんでましたよ」
「やはりいじめられっ子の自殺者にはあの方法が1番効くんだよ」
「これを考えついた人はなかなか残酷ですね。だって、いじめの場合は「苛虐罪」で「葬儀刑」にするんですから」
実は自殺の原因がいじめだった場合はいじめていた側も「苛虐罪」に問われ、同じく「葬儀刑」として一時的なサイボーグとしていじめていた相手の葬儀に参列するというものだった。
もちろんその人には「あなただけがサイボーグとして参列しています」と伝えているため、まさか参列者のほとんどが自分と同じようなサイボーグだとは思わずその人の多さに驚く、というわけだった。
自殺した者と同時に自殺に追い込んだようないじめを行った者に対しても同じように罪を問う。これが日本国が新たに定めた罪罰であった。
「まぁでも、自殺者は減らないもんだな」
「そうですね。自殺した者が罪を償えるようにならない限りは減らないでしょうね」
「わかりきってんだからこんな組織作るなよって感じだよな」
「えぇ。その通りだと思います」
「じゃあ、おつかれさん。片付け頼んだ」
「はい。お疲れ様でした」
戸締りをしたその男がビルから出ると外に人集りができていた。
男が上を見上げると今まさに空中へと身を投げた影が見えた。
「残業手当は出るんでしょうね、先輩」
男はスーツの襟を正すと人混みに向かって足を踏み出した。
〈完〉
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