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ルールは創造性の敵じゃない(『法のデザイン 創造性とイノベーションは法によって加速する』レビュー)

 「ルールを守る」の反対は? と聞かれて、何と答えるだろう。

 「ルールを破る」と答える人は、「ルールを守る」ことを大切にしている人かもしれない。そして、「ルール」が不自由だとしても、それが「ルール」である以上、変えてはならないと考えている人かもしれない。
 あるいは、「ルールを破る」人に苛立っている人かもしれない。「ルールを守る」ことは正しいはずなのに、「ルールを破る」人に迷惑をかけられている。あるいは、「ルールを破る」人だけが得をしている、と憤っている人かもしれない。

 ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の初演は1865年だが、その冒頭で用いられている和音(「トリスタン和音」とも呼ばれる)は、調性上曖昧だったため、発表当時は和声や調性に基づいた伝統的な音楽を崩壊させるとして、物議を醸した。
 19世紀半ば、チューブ式絵の具の発明は、画家たちに戸外での制作を可能にし、モネやルノワールら、印象派の画家たちの描く光の表現に繋がったが、これらの作品は当時、好意的には迎えられなかった(「印象」という言葉自体、もともとは彼らの絵を批判する意図で用いられた)。

 「ルールを守る」ことが、必ずしも新しい表現、創造性に繋がるとは限らない。表現は時として「ルールを超える」ことを必要とする。

新しい技術が生まれ、その技術を利用した表現やビジネスが登場し、それらが広まると、やがてその法整備が議論され、法が制定される。このような過程を経る以上、法という存在はその性質上、原則として現実の後追いしかできない。この、いわゆる「法の遅れ(law lag)」という現象は、情報化社会、特にインターネット以降の情報技術の動向が性急であることを前提に、人類史上かつてないほど広がっているように感じられる。(p.11)

 筆者はさらに、近年増加する「法的な仕組みが創造性やイノベーションを促進したり、加速するような場面」と「イノベーションや市場規模の拡大を目指すビジネス戦略として、産業財産権である特許権を戦略的にオープン化する大企業」の出現に触れ、

法は表現活動やビジネス、そして創造性やイノベーションの単なる阻害要因にすぎないのか、疑問に思えてくる。逆に、創造性やイノベーションを促進または加速するための潤滑油のように法を捉え、そのような視点で上手に設計することはできないだろうか。(pp.13-14)

と述べている。本書の第二部では、音楽・二次創作・ゲームといったサブカルチャーから、不動産・金融、あるいは家族・政治といった社会の仕組みに関わる部分まで、広範な領域における変化の実相を捉えながら、「法」が果たす新しい役割について論じられている。

 本書を読んでしまうと、「ルールを守る」の反対が「ルールを破る」とは思えなくなるだろう。僕には、それが「ルールを作る」だと思えてならない。

鵜川 龍史(うかわ りゅうじ・国語科)

Photo by Tingey Injury Law Firm on Unsplash


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