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学生探検記録:中国洞天福地編part5

 9月11日、12日は天台での調査の三日目と四日目であった。いつもの通りタクシーで桐柏宮へと向かう。道士にその日の我々の予定を説明する。村人に通報されるなどしてトラブルになった時の保険の為だ。桐柏宮での挨拶を済ませ、村を歩いていると、60~70歳くらいの男が三人で塀に座って話していた。煙草を渡して一緒に吸いながら話をする。中国ではタバコミュニケーション文化が根強いからだ。中国にはひと箱100円もしないものから、数万円するものまであり、昔から煙草を交渉や情報交換の時に贈る習慣がある。そのため、話を聞かせてもらう際には毎回煙草を勧めた。すると「俺らのことはおじさんではなく、お兄さんと呼んでくれ。」と言われた。三人組に洞窟の事を聞くと、「龍洞があるよ。行ったことはあるけど、最近は行ってないから今は道がなくなっている。昔あった道も険しく危険だ。龍洞に行こうとして崖から落ちて死んだ人もいるから、行かない方が良い。龍洞は奥行きも高さもあまり大きくない所だ。そこは昔道士が修業していた所だった。」昨日撮った写真を見せて、「これは洞窟の近くにあるものですか?」と聞くと、「そうだ。」と言う。お礼に日本からのお土産として手ぬぐいを渡して三人組のお兄さんとは別れた。

石門坑三人組おじさん

 刻文のある所にはやはり洞窟はあるようで、それは龍洞と言われているようだ。しかし一組から聞いただけでは信憑性は低い。ほかの村人にも聞いてみなくてはならない。道を歩いていると、おじいさんがいたので話をしてみる。「とりあえず家に来い。」というので、おじいさんについて行くと、おじいさんの家は便利店(コンビニ)だった。中国の便利店というと、個人経営のものが圧倒的に多い。北京や上海などの都市部ではセブンイレブンやファミリーマートなんかがあるが、地方都市に行くと個人経営の便利店ばかりだ。売っている物はそこまで日本と変わらない。中国の便利店の特徴と言えば、賞味期限が切れているものが多いところだろうか。そのおじいさんの家は小さい便利店で、飲み物と煙草、菓子が少量という感じだ。その店で話を聞くと、結果はさっき話を聞いた三人組と同じ。龍洞のことを聞くことが出来た。煙草と飲み物をそこで買い、おじいさんとは別れた。

石門坑コンビニおじいさん

 翌日、気になっていた桐天村(洞天村と表記している地図もある)に行った。桐天村は桐柏宮から一つ山の向こうにある。洞天村と書いてある地図もあるので、何か洞天福地と関係がある可能性があるだろうと思われたのだ。
何人かの村人に聞き取り調査をしてみるも、何も情報を得られない。「このあたりに洞窟はありませんか?」と聞くと、「ない。」と言われ、「龍洞という洞窟を知りませんか?」と聞いても「知らない。」と言う。ついでに「洞天福地という言葉は聞いたことはありますか?」と聞くと、「聞いたことはない。」と言う。高齢の人に話を聞いてみても結果は同じだった。この村で話を聞いた人は誰も知らなかった。そこで、村の共産党事務所に行ってみると、事務所には誰もいない。電話で問い合わせてみると、事情を話した途端電話を切られ、かけ直しても出なくなった。その事務所の前には「桐天福地」書かれた看板が置いてある。「この看板があって洞天福地について村人が誰も知らないわけないだろ。」と思うも仕方ない。ここでは有力な情報が聞けなさそうなので離れ、もう一度桐柏宮の近くの村に行った。途中で、道端にペットボトルとネットを組み合わせた漁網のようなものが落ちており、その中を3㎝くらいの大きなハチが大量に飛んでいる。網の外にも2~3匹飛んでいる。その傍にいた村人に話を聞くと、はちみつを採取するためのハチだそうだ。でも中身のハチはどう見てもスズメバチだ。ハチミツってミツバチの巣から採れるものであって、スズメバチを飼ってもハチミツとれないだろ。」と思ったが、どうなんだろうか。

スズメバチはちみつ

 次に話を聞いたのは、庭に盆栽をいくつも置いた、見た目40歳くらいの男だった。庭に居た犬が私達に吠えて来たが、主人の男が怒るとすぐに犬小屋に引き返し、おとなしくしていた。庭には石でできたテーブルとベンチがあり、そこで話を聞かせてもらう。その石のテーブルには中国の将棋である象棋のマスが彫られていた。彼は盆栽を仕事で扱っており、その仕事で日本を訪れたこともあるようだ。彼が紅茶を入れてくれたので頂く。「どうだ?俺の淹れた紅茶は天台一うまいよ。」と言ってくる。確かにうまい。「おいしくお茶を入れるコツとかあるんですか?」と聞くと、「いっぱいありすぎてとても教えられない。」という。話をしている途中に日本の煙草を渡すと、彼はポケットから煙草を出し、我々の前に一本づつ投げて来た。「これはひと箱100元(約1700円)する煙草だ。」と言われて吸ってみるが、日本の煙草の方がうまい。一本吸い終わるとまた一本投げてくれる。ありがたくいただく。彼からも龍洞の話が聞けた。「龍洞は東海(東シナ海)とつながっているという伝説があり、宋の時代に徐林府という道士が修業して昇天した。」と言うことらしい。あとから道教学者の土屋氏にこの話をすると「彼が徐林府と言っていた人は正しくは徐霊府なのだと思う。徐霊府は宋の時代の道士で天台のことについて『天台山記』という書物を残していて、天台にゆかりがある。それに発音として「林」はlin(第二声)で、霊はling(第二声)と、非常によく似ている。どこかで間違って伝わったのだろう。」これまで村人に聞いた話では仙人について、「修業した」「昇天した」ということしかなかった。「仙人がお札を使ったらそれから毎年豊作になった」とか「薬をくれて、それを飲んだ人も長生きした」、というような実際に書物に残っている仙人譚のように、ストーリーのある伝承が残っていそうなのに、それがない。しかも全くないわけではなく「修業した」「昇天した」という所だけが残っていることが不思議だ。

盆栽家聞き込み

 まだまだ分からない点がたくさんあるが、刻文の上にある洞窟が龍洞らしいことはわかった。あとは信憑性が高いとは言えない。今後も調査すべきところが多くあるが、隊は翌日から仙居県という所へ移動する。いかにも仙人の居そうな地名だ。そこには第10大洞天括蒼洞があり、その洞窟がある括蒼山には、それぞれに錬丹(錬金術)の跡がある16の洞窟があるという。ここが最後の調査地だ。

文責:辻 拓朗(法政大学探検部)

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