見出し画像

レポ「桃源郷通行許可証」展[コレクション×現代アーティストの可能性]

どうも、ちいさな美術館の学芸員です。埼玉県立近代美術館(北浦和)で開催中の企画展「桃源郷通行許可証」を見てきました。
前期は12月4日(日)まで、後期は1月29日(日)までです。詳しくはこちらを(↓)。

いやー、良かったです!

良かったと一口に言っても、色々な「良かった」があるのですが、そうですねぇ、これは時間をかけて丁寧に作られた良い展覧会でした。良い仕事に出会うとこちらも良い気持ちになりますよね。

緑豊かな北浦和公園の中に位置する美術館。天気がいい日はランチを買っていって公園で食べるのもおすすめです。

漠然としたイメージで恐縮ですが、埼玉県立近代美術館は、一言で言うと「気骨のある美術館」だと思っています。
公立美術館だからこそ可能なのかもしれませんが、来館者数を狙ったわかりやすい企画(キャッチーなコピー、人気の作家・作品を前面に出す等)をやるのではなく、きちんと練り込み、考え込んだ企画をまっすぐにぶつけてきます。
おかげで大ヒットする展覧会はあまりありませんが、時間を取ってじっくり鑑賞すると、こちらの思考の幅が一回り広がるような知的刺激を与えてくれる、そんな良質な展覧会をいつも開催している印象があります。
学芸員は変わっていくだろうに、そうしたレベルを維持するのはすごいことです。おそらく展覧会担当者ひとりが好き勝手やる体制ではなく、しっかり学芸内で企画会議が繰り返されているのだと思われます。

とか知ったような口を聞きつつ、私が前回この美術館に行ったのはもう3年前もなんですけどね…(これ↓)。

では本題に入りましょう。今回も長くなりそうですが(すでに前置きが長い!)「桃源郷通行許可証」展レポートのスタートです!

どんな展覧会かと言うと

まず、この展覧会タイトルの「桃源郷通行許可証」について。

「桃源郷(とうげんきょう)」というのは、中国の物語にでてくる理想郷(ユートピア)です。
ひとりの漁師が舟で迷い込んだ先に、桃の花が咲き誇る、戦乱とは無縁の平和な世界が広がっていた、というお話はみなさん一度は聞いたことがあるのでは?

このタイトルと展覧会のヴィジュアルイメージからは、なんだか吉祥的(おめでたい)な内容の展覧会なのかな?と思ってしまいそうですが、展示を一通り見た感想としては「あまりタイトルと展覧会の内容は関係ないかな」でした。年をまたぐ展覧会なので、新春にふさわしいイメージをもたせる意図もあったかな、と勝手に推察。

展覧会の内容を簡単に説明すると、6名の現代アーティストと埼玉県立近代美術館の収蔵品(MOMASコレクション)のコラボレーションです。なぜそれを「桃源郷通行許可証」と呼んだのかは後ほど。

6名の現代アーティストがこちら(↓)。表現スタイルも年代も多彩な顔ぶれです。

  • 稲垣美侑(1989-)

  • 佐野陽一(1970-)

  • 東恩納裕一(1951-)

  • 文谷有佳里(1985-)

  • 松井智惠(1960-)

  • 松本陽子(1936-)

え、知らない人ばかり?大丈夫です。私も存じ上げませんでしたが、とても楽しめましたから(現代に弱い学芸員)。

会場は、プロローグと2つのInterlude(幕間)を含む全9部構成となっています。

実は、埼玉県立近代美術館は建築家・黒川紀章が初めて設計した美術館です(ちなみに最後に設計したのは国立新美術館)。2階が企画展を行うメインフロアなのですが、なんとも複雑な部屋割りになっていて、入り口から出口まで曲がりくねりながら迷宮を抜けるようにして、作品を鑑賞することになります。
そんな迷宮の中で、アーティストとMOMASコレクションの共演が次々と繰り広げられ、鑑賞者は知らず知らずのうちに日常から隔絶したアート空間に没入することになります。

この展覧会の肝は

この展覧会の肝(核心)がどこにあるのか、を私なりの解釈で説明すると、大きくは2つあって、一つ目は「アーティストの視点を借りた、美術館の収蔵庫に眠るコレクションの再発見」です。そして二つ目が、「アーティストの創作行為の追体験」です。

1. アーティストの視点を借りた、美術館の収蔵庫に眠るコレクションの再発見

一つ目のコレクションの再発見は、まぁそのままの意味なんですが、アーティストの視点を借りるというところがポイントです。

今回の展覧会では、学芸員側から作家に候補作をいくつか提案したり、または作家自ら収蔵品リストやデータベースを眺め、その中から作品をピックアップしたりしたそうです。

さて、美術館の多くは何千点、何万点におよぶ収蔵品をフル活用しているわけではありません。もちろん状態が悪くて公開ができない作品もありますが、なかなか出しどころがなくて収蔵庫にながらく眠っているコレクションもあるのです。
1人の学芸員がカバーできる分野には限度がありますし、人間ですから好みもあります。そのため学芸員の知識とセンスだけで展覧会を続けていると、どうしても使う作品に偏りが出てきてしまうのです。

そこで、外部のアーティストに企画構成段階から加わってもらうと、学芸員のもつ美術史的な論理のフレームを飛び越え、作家の感性と閃きによって意外な作品が選ばれることになり、また既存の作品であってもその作品の新たな側面に光をあてることができるのです。これがコレクションの活性化につながり、見る方にとっても、思いがけぬ作品との出会いが楽しめるというわけです。

2. アーティストの創作行為の追体験

そしてもう一つ、「アーティストの創作行為の追体験」。これはどういうことか。

この展覧会では、6名のアーティストがMOMASコレクションの中から選んだ作品に、自らの作品を組み合わせて展示を行っています。過去の制作物を再構成する作家もいれば、コレクションからインスパイアされて新作を生み出した作家もいます。

この行為は端的に言えば、創作のデモンストレーション(実演)です。

すいません、言葉足らずですね。
作家は普段、日常・非日常をふくむ森羅万象の中に何らかの「お題」を意識的に、または無意識のうちに見出して、そのお題に対する「答え」という形で美術作品を生み出します。
私のような凡人にとってはそうした作品が生まれるまでの過程は、あくまで作家というブラックボックスの中での出来事です。それゆえに神秘でもあります。
でも、もしもその箱の中がのぞけたら、どんなに楽しいことでしょう。芸術家(アーティスト)の頭の中をのぞいてみたい、と誰しも一度は思ったことがあるのではないでしょうか。

この展覧会は、いわばお題(コレクション)と答え(展示作品)が一緒に並んでいるようなものです。そこまで単純化して提示してもらうこと(創作のデモンストレーション)で、アーティストの飛躍する思考、ユニークな発想の一端を、私達でも垣間見えるようになるのです。

もちろん普段アーティストが行っていることの、ごくごく一部ではあるのでしょうが。

展覧会の見どころをピックアップ

9つの章に一つずつ触れていくと、さすがにげんなりするほど長くなってしまうので、特に琴線に触れたところだけ駆け足でご紹介します。

Prologue

冒頭のプロローグエリアには、現代アーティストの作品はなく、桃源郷自体を画題にした近世・近代の日本画から始まります。先に述べたように、そこから先は桃源郷はあまり関係なくなるんですけどね。

ちょっと驚いたのは、通常美術館では展示作品の横にあるのが当たり前の作品キャプションがついていなかったことです。
出品番号だけがひっそり壁に記されているだけで、作者名、作品名、制作年、材質技法、所蔵先、作品解説など一切ありません。
会場入り口に置いてある目録を参照して、ようやくそうした情報がわかるようになっています。最後までそうでした。
こういうことをやると、まぁだいたい「わかりにくい」「不親切だ」との声が届くものですが、私は良いと思いました。これは美術館側のメッセージなんですよね。キャプションを読んで頭で分かった気になるのではなくて、これから始まるめくるめくイマジネーションの迷宮に浸ってください、という(違ったらすんません)。

松井智惠×橋本関雪

ここにもキャプションないでしょ?

9つの章の中で私が一番心に残ったのが、この「松井智惠×橋本関雪」でした。
もともと大正、昭和にかけて京都画壇で活躍した橋本関雪が好きだったというのもあるのですが、その関雪を取り囲む松井智惠の世界観にどっぷりはまりました。

松井の作品を言葉で説明するのが何とも難しいのですが、うーん総合芸術と言えばいいんですかね。2018年に愛媛の道後温泉で行われた「道後オンセナート」において、温泉旅館を使って発表されたインスタレーションだそうです。

瑠璃色の鳥(おそらくツグミ)を描いた小作品(上の写真)に誘われて入っていくと、コポコポと水が湧き出すような音(BGM)が聞こえてきます。
そして壁画のように大きな横長の絵が壁面にかかり、床には不思議な形の白いオブジェがいくつか(下の写真)。また別の壁では兎がささげもつランプが温かな光を放っています。

大画面の油彩画は、ふんわりとした柔らかいタッチと暖色を基調とした色彩により、見る側の心をほどいてくれます。
そして絵の内容に注目すると、同じ人物が繰り返し描かれていたり(異時同図法)、様々な動物が登場したり、どうやら何らかの物語が画中で進行しているようです。

と思ったら、小さな折込式の冊子が「お1人様1枚」として置かれていました。

開くと、『青蓮丸、西へ』(抄)と題した、天女が龍の子へ語る不思議な物語が文章で綴られています。これも作品の一部で、どうやら絵の内容とリンクしているようだ、ということがわかります。

実はこれが桃源郷を目指す物語であり、そのコアイメージ(暖かく穏やかな癒やしの世界)が絵の中にとどまらず、点在するオブジェや音によって会場全体に広がり、気づけば鑑賞者もその中に心地よく飲み込まれているのです。
その世界の中に、橋本関雪の描く山水の対幅(対になった掛け軸)が自然に溶け込んでいるのも驚きでした。

ここで気づかれた人もいるかもしれませんが、この松井智惠の作品から今回の展覧会タイトル「桃源郷通行許可証」は名付けられたということです(公式サイトに書いてあります)。

さてさてこの作者、興味が出たので後で過去の作例を見てみたのですが、すごいです。決まった型がないというか、その時その時で表現スタイルがガラッと変わっていきます。どうしたらそんなことが可能なのだろう。
また会場では、オンセナートのインスタレーションとは別に《一枚さん》と名付けられたドローイング群が展示されていて、これは作者が2011年から毎日一枚描いてはSNS(Facebook、Instagram)にアップしているものだそうです。そのルーティーン自体も面白いなぁと思いますし、ずらっと並んだ飾らないドローイングからは、作者の豊かなイメージがうかがえました。

松井智惠のインスタはこちら

いやぁ、良い作家と出会えたうれしさがありますね。

東恩納裕一×マン・レイ/キスリング/山田正亮/デザイナーズ・チェア

東恩納裕一は、蛍光灯やLEDを使ったオブジェで知られる作家だそうです。

かっこえぇ…。

この作者は日常にあるもの、身の回りにあるありふれたものをモチーフにしつつ、その日常の中にひそむ違和感をにじませるようなインスタレーションを手がけるといいます。

会場中央の《ダイニングセット》と名付けられたインスタレーションがまさにそれ(↓)。

テーブルの上には作者の代名詞的なLED照明が冷たい光を放ち、周りにはちぐはぐな椅子たち。
これらはチャールズ・レニー・マッキントッシュや柳宗理などのデザイナーズ・チェアです。実は埼玉県立近代美術館は「椅子の美術館」と呼ばれるほど、デザイナーズ・チェアの充実したコレクションがあるのです。
そのコレクションをうまく使いながら、自身の世界を違和感なく作り上げる、つまり自分の表現にしてしまっている。これはすごい力です。

他にも面白い作品は色々あったのですが、さすがにきりがないのでこれぐらいにしましょう。とにかく9つのエリアごとに、世界が変わるのでとても刺激的でした。

同時開催の「MOMASコレクション」展も必見

さて、美術館1階では「MOMASコレクション」展が同時開催中でした。同じチケットで入場できます。

こちらは本当のコレクション展です(「桃源郷通行許可証」展はコレクションを使いつつ、企画展という位置づけ)。コレクション展と言ってもですね、これが豪華なんですよ。
さらっと、ルノワールやモネやピカソなんかを飾っているんだから驚きです。

地方の小さな美術館であれば、それ一点所蔵しているだけで思わずドヤ顔しそうな作品が、惜しげもなくボンボン並んでいます。
2階の「桃源郷通行許可証」展で、身も心も心地よく疲弊したところに、クールダウンがわりに「MOMASコレクション」展を眺めて会場を後にしました。

埼玉県立近代美術館、今回も「気骨のある展覧会」ありがとうございました。気になった方はぜひ行ってみてください(事前予約の必要はありません)。


★展覧会好きなら「オトナの美術研究会」へ!
「美術が好き、その一歩先へ」をコンセプトに、美術好きな仲間がゆるくあつまるコミュニティを作りました。興味がある方はこちら(↓)をご覧ください。

★過去記事のバックナンバーはこちら(↓)から