見出し画像

043. 『事例と図でわかる 建物改修・活用のための建築法規』佐久間悠 著

画像1

“ ――「そんなの登記簿謄本を取ればいいじゃないか?」あるいは「不動産会社に聞けばすぐ分かることじゃないのか?」と思われるかもしれません。しかし、実は登記簿などで知ることができるのは、建物の情報のほんの一部です  “

中古物件を活用してシェアハウスや福祉施設、ホテル等の事業を始めたい!ところが「建物の法律」を知らなければ無駄なコストがかかったり、違法建築になってしまう場合も。「建物の法律家」である著者が相談を受けた実例をもとに、建物のリノベーションや活用でポイントになる建築関連法規を事業者向けにわかりやすく解説。

●はじめに─「建物の法律」の壁にぶつかる事業者たち

私たち、建物の法律家の仕事

 「開業間近で工事も終わっているのに、行政から必要な手続きがなされていないと指摘を受けた。相談に乗ってほしい」
 「違反建築物を知らずに買ってしまった。なんとか直す方法がないか相談に乗ってほしい」
 「コンプライアンスには気を使っていたつもりだが、建物の法律のことはさっぱり分からない。これから事業を続ける上で相談に乗ってほしい」
 これらは、ホームページを通じて私たちに問い合わせしてこられた方のご相談内容の一部です。彼らは、何も意図的に違法行為をしようとしていたわけでなく、今まで通り自分たちの事業を進めようとして「建物の法律」の壁にぶつかってしまい、私たちの会社に相談にこられるのです。
 特に近年社会的にも注目されている「リノベーション」という手法も含め、中古物件を活用して事業をしようとされる方は多いでしょう。また、テナントとして既存建物に入居することも、中古物件の活用の1つです。しかし、既存建物を使おうとすると、専門家でないと気づかないような「建物の法律」による規制により、事業を断念せざるを得ないような場合もあることを知っておいてほしいのです。

 どういうことでしょうか。
 私たちは、「建物の法律家」というおそらく多くの人にとって耳慣れない仕事をしています。そして、私たちの会社には、今挙げたような相談が、平均すると年に50件以上寄せられます。これらの相談を寄せてくる方たちは、個人の地主や投資家の方もおられれば、企業に勤められている方、あるいは企業を経営されている方もおられます。
 いずれもご自分の事業ではプロの方ばかりです。しかし、自分たちの事業にとって建物が法的にどういう状態にあるか、正確に把握できていないケースがほとんどです。
 「そんなの登記簿謄本を取ればいいじゃないか?」あるいは「不動産会社に聞けばすぐ分かることじゃないのか?」と思われるかもしれません。しかし、実は登記簿などで知ることができるのは、建物の情報のほんの一部です。また、建物の法律をよく分かっている不動産会社もほとんどありません。自分たちで、あるいは建築士のような専門家を使って情報を収集し、自身の事業とマッチするか、あるいはその事業を行ってよいエリアなのかなどを総合的に判断していく必要があるのです。
 しかし、単に建物の法律の悩みと言われても簡単にイメージができないと思いますので、まずは事業者の視点から、どんなお悩みがあったのかをご覧いただければと思います。

開業直前に行政から指摘が入ったA社の場合

 「私たちは介護事業を主に行っている会社だが、デイサービスへの用途変更でとても困っている。至急相談に乗ってもらえないだろうか?」
 このように電話で相談をしてきたのは、神奈川県を中心に複数のデイサービスの事業所を運営されるA社の社長でした。
 A社は神奈川県の川崎市で、既存物件を改修することにより、新たにデイサービスの事業所を開業しようとしていました。開業を数か月後に控えて工事も終わり、いざ市に介護施設の認可を申請しようとしたところで、市の担当者から「用途変更の確認申請はしていますか? 確認申請していない場合は介護施設としての認可の手続きを進めることができません」と言われたそうです(詳細は本書事例2-2)。
 「確認申請」とは建築物を建てる時に必要となる手続きのことで、建物の計画が建築基準法に合致しているかどうか、確認するものです。一定規模の増改築や、特定の規模・用途に変更する場合にも新築する時と同じように、確認申請が必要となる場合があります。市の建築部局に届出をせずに用途を介護施設に変えることは違反であると言われたのです。

用途変更って? 確認申請って?──工事業者も意外と分かっていない建物の法律

 社長は「用途変更」「確認申請」という言葉を初めて耳にし、インターネットや書籍等でいろいろ調べたそうです。当時は社長、副社長、専務の役員全員がこれらの内容を必死で調べ、インターネットで私たちの用途変更に関する解説記事を見つけ、この会社になら解決できるかもしれないと相談してこられました。A社はこれまでもデイサービスの事業所を、主に既存建物の改修でいくつも開設しており、川崎市で開業するのも初めてではありません。なぜこのような事態に陥ってしまったのでしょうか。
 事業として建物を使う場合には、「建物の法律」に留意しなければなりません。「建物の法律」というのは、建築基準法や都市計画法といった、直接建物や敷地について規制する法律のほか、バリアフリー法や駐車場法、都市緑地法のように建物や敷地の整備を要求するもの、旅館業法や児童福祉法、そしてA社のような高齢者福祉事業の施設に関する老人福祉法等も、建物の内容について規制を設けているものがあります。
 もちろんA社のような介護施設を運営する事業者は、認可事業であることもあり、老人福祉法等の自社の事業に関わる規制の内容についてはよくご存じでした。しかし、「用途変更」や「確認申請」の内容が詳細に記載された建築基準法のような、建物そのものに関する法律については、確認をする習慣がなかったようです。また、工事を行った業者も、身内の 伝手を頼って大工さんに直接発注しており、設計者に依頼することもなかったそうです。そのため、建物に、あるいは建物の手続きに問題があるかどうかということは、行政に指摘されない限り、見落としがちになっていたのでした。

「建物の法律」が経営や事業運営に与えるインパクト

 では「建物の法律」を見落とすと、具体的にどのような影響があるのでしょうか。
 まずは、想定していた時期に開業できない可能性があります。事業認可の手続きの手前で、建物のほうの申請(確認申請)が必要になるので、その分余計に時間がかかります。申請用の図面の作成や、審査の時間を合わせると、どんなにスムーズに進んでも2か月程度はかかるので、ギリギリの予定で進めていた場合には、開業時期がずれ込むおそれがあります。それにより、年度明け等のタイミングの良い時期に入居するつもりだった予定者が入居できなくなったり、補助金を取得する予定であった場合には、開業予定を守れないことで給付条件を満たせない場合が出てきます。
 また、建物の整備内容としても追加の設備や工事が発生する場合があります。追加工事が発生するということは、お金も余計にかかるということなので、想定していた事業収支を悪化させる可能性があります。こうなってから慌てても、すぐに対応できる専門家を見つけることは容易ではありません。
 結果的にA社の場合は、金銭的な損害はほとんどありませんでしたが、開業日が1年以上遅れてしまいました。本来もっと早く開業できていれば得られるはずの収入が得られなかったので、会社にとってはマイナスです。この物件は本来必要な工事完了時の検査を受けていなかったので、これほど時間がかかっていますが、工事を始める前に相談してくれていれば、いろいろと対応策も考えられたはずでした。
 また、テナントとして入居する場合には、建物オーナーとの折衝が必ず生じます。建物に不具合があった場合の是正をどちらが負担するのか。一テナントの都合で、「建物の法律」に適合させるために建物の形を変えることを許容してもらえるのか? そういった交渉が必ずといっていいほど出てくるのです。

事前に知っておきたい建物と法律の関係

 そもそも、私たちがこのような仕事を始めたきっかけは、まずは「建物の法律」に関してきちんと環境を整備することを始めようとしたからでした。私たちはもともと建築設計事務所として業務をスタートしましたが、サブプライム問題が起き、その後リーマンショックへと発展していった建築不況の時期で、小さな仕事でも、私たちにとっては本当に大切な仕事でした。それが、建物の法律の不備がもとでオーナーとテナントが決裂し、結果、設計の仕事を失うことが多くありました。そこで、「建物の法律」が原因で仕事を失うのなら、その根本原因をきちんと調べてみようと考えたのです。その結果、冒頭で述べたような相談がひっきりなしに来るようになりました。

開業時期を遅らせない、無駄なコストを発生させないために

 私たちは、さまざまな事業者からご依頼を受けてきました。物件を探している段階から相談してくれる事業者もいれば、もうすでに工事も終わり、オープン直前という段階で相談されてくる方もおられます。専門家に相談されるのであれば、できるだけ早い段階で相談されることをおすすめします。事前に対応策が分かっていれば簡単に済ませられることでも、後から修正するには時間やお金が余計にかかる場合が多いからです。たとえばA社のような高齢者施設にはバリアフリー法の規制がかかりますが、普通のトイレをつくってしまった後に多目的トイレが必要だと分かった場合には、せっかくつくったトイレを壊してつくり直さなければならず、無駄な費用が発生しますし、つくり直しのための期間も必要です。そのため、テナントとして入居する場合には、契約前に専門家と一緒に物件を見ることで、そういったリスクを未然に回避することができるのです。
 また、古い建物の用途変更などの手続きは専門性が高く、既存建物の取扱いに長けた建築士を探すほうが良いと思います。「建物の法律」は、新築で建てることを前提につくられてきたため、既存建物を改修する場合にどう扱うかという部分を読み解くにはさまざまな領域の法律を横断的に理解している必要があるのです。

A社のその後──全事業所を早期に見直してトラブル予防

 建物の法律の内容を理解したA社の動きは早く、コンプライアンスを重視して、これまで気づかず開業してしまっている施設を一斉に調査し、手続きを行っていない施設については早急に手続きを行うように対応を進めました。その後は新たな施設を開設する場合には、企画の段階で私たちに相談をしてくれるようになりました。
 私たちが「建物の法律家」として仕事を始めた2010年頃は、「用途変更なんて聞いたこともない。本当に必要なのか」という事業者や、「用途変更なんて普通やらないよ。必要ない」という不動産会社やオーナーがほとんどでした。私たちはプロジェクトが始まるたびに、なぜそういった手続きが必要なのか、そういった手続きをしないとどうなるのか、といった説明を繰り返し行ってきました。時には理解が得られずプロジェクトが中止になったり、テナントとオーナーがもめる原因になったりしました。
 しかし、企業による不祥事が相次ぎ、ブラック企業といった言葉も盛んに謳われ始め、企業コンプライアンスが重視されるようになってきました。こういった流れから、「建物の法律」に関しても正しい手続きを行うように求められることが多くなってきました。
 その一方で、少子高齢化や、空き家問題によって、高度経済成長期のスクラップアンドビルド型の開発をすることが限界を迎え、既存の建物を再利用して活用する、リノベーションという考え方が生まれてきました。
 ところが、過去にできた建物には「建物の法律」に関する手続きが正しく行われていないものも多く、それ以降の手続きを行うことが難しい実情があります。建物を新築して事業を行う場合には問題にならなかったようなことが、既存の建物を利用する場合には起こり得ます。
 事業者の立場からすれば、建物にかける金額は事業の投資額の中でも最も高額である場合が多く、失敗できないものだと思います。しかし、「建物の法律」に触れる機会が少なく、いざ自分が建物で事業を行おうとする際には何から手をつけていいのか分からない、という状況も少なくないようです。また、A社のように、行政から言われて初めて自分たちが正しい手続きを経ていなかったことに気がつく、という場合もあります。
 この本では、既存建物を活用して事業を始めようとしたときに、実際に起こるまでなかなか知ることのできない共通の悩みをお見せすることで、現在問題に直面している方や、これから事業を進める上でどういった点が問題になるのかあらかじめ知っておきたいという事業者の方が、より良い計画を進めるための一助となればと考えています。

この本の読み方──予防のためのチェックポイントを知って備える

 最後に、この本の構成をご説明します。
 第Ⅰ部では、建物を扱う事業者として、建築の専門家でなくても最低限知っておかなければならない「建物の法律」に関する解説と、なぜこのように建物に関する問題が多発しているのか、という点を解説します。私たちが「建物の法律」に関する仕事を進めてみると、実は規制をすべて満たした建物がほとんどない、ということが分かってきました。
 次に第Ⅱ部では、私たちが実際に建物を適法な形で再生する上で行っている5つの重要な基本ステップについて解説していきます。「建物の法律」の内容を見ていくと、そもそもこの建物で「a」という用途の事業はできない、あるいはこの地域で「b」という用途の事業所はつくってはいけない、という場合があります。自社の事業ができない、という最悪の事態を回避したり、事業を行うには非常に高額な費用がかかる建物を見分ける方法を解説していきます。
 第Ⅲ部からは、これらの基本ステップに基づき、
 1. 居住用施設
 2. 福祉系施設
 3. 商業系施設(店舗、オフィス等)、宿泊施設、工場等
と大きく3つに用途を区分し、実際に私たちが行った改修工事の事例をもとに「建物の法律」がどのように計画に影響するのかを解説していきます。
 「建物の法律」などまったく理解がない、という方は第Ⅰ部から順に読み進んでいただければと思います。逆に長年建築の事業に携わってきて、ある程度法律や現場のことも分かっている、という方は第Ⅲ部の自社の用途に近い事例のものから読み始めていただいても構いません。各事例の冒頭にある「事業データ」の各項目は、ご自身の事業に関わる建物でもあらかじめチェックしておくと良いものです。
 また、各事例のキーワードを「タグ」として事例タイトルの下に示しています。今直面している、または気になっているキーワードを探して拾い読みしていただくのも良いでしょう。
 「建物の法律」は非常に複雑で、理解をするのに時間がかかります。でも、複雑だからこそ、深く考えれば何かしらの解決策が見つかるものです。この本の事例から、ご自身の事業にとって何か1つでもヒントになるものを見つけてもらえればと思います。


●書籍目次

はじめに──「建物の法律」の壁にぶつかる事業者たち

第I部 事業者も知らないと損をする!改修・活用のための「建物の法律」

第II部 既存建物を活用するための5つの基本ステップ

STEP1 自社の事業における建物の位置づけを確認する
STEP2 地域の規制を確認する──敷地がどこにあるかでできることが変わる
STEP3 既存建物の状況を確認する
STEP4 QCDのバランスを確認する
STEP5 改修のプランニングの方針を立てる
その他計画を進める前にやっておくべきこと

第III部 事例編

●第1章 居住用施設への改修
/シェアハウス、ゲストハウス、店舗付き住宅等

事例1-1 同じ「居住用」のつもりが・・・。用途変更の確認申請の基本

戸建て住宅 → シェアハウス

STEP1 建物をどうしたいか──空き家になった実家を賃貸で運用したい
STEP2 地域の規制の確認──住居系の建物が建てられるエリアか?
STEP3 既存建物の状況を確認──法適合状況を調べる
STEP4~5 プランニング
まとめ──使われ方が変わると法規制も変わる。用途を変える場合は住宅でも要注意

~事例1-2 賃貸事業用に購入したゲストハウスが違法建築だった!

[ 店舗付き住宅 → ゲストハウス ]

STEP1 建物の問題点を把握する──査察はある日突然やってくる
STEP2 地域の規制の確認──用途規制への抵触はないか
STEP3 建物の状況の確認──資料調査、現地調査で指摘を1つずつ確認
STEP4~5 適切なコストバランスの是正計画を探る
まとめ──簡単な工事のつもりが、簡単に違反建築物に

~番外編1 木造3階建て住宅の改修

戸建て住宅 → 店舗付き住宅

●第2章 福祉系施設への改修
/保育園、老人福祉施設、障害者支援施設等

~事例2-1 さまざまな規制を乗り越えて、保育施設を開業する

宝石店 → 保育園

STEP1 事業の背景──保育施設の開業にはさまざまな規制が・・・
STEP2 地域の規制を確認する
STEP3 物件の内見開始──しかしさまざまな条件から物件選びは難航・・・
STEP4 保育施設はQCDのうち特にC(補助金)とD(スケジュール)の確認を!
STEP5 プランニングは法的要件の整理から
まとめ──長い目で収支を考え、規制や条件をクリアしよう

【コラム1 保育施設の「建物の法律」3つのポイント】

~事例2-2 検査済証を取っていない物件の用途変更
/協議と調査を積み重ねてクリアする

物販店舗 → デイサービス

STEP1 事業の背景──介護保険法の改正と行政の権限移譲
STEP2 地域の規制の確認
STEP3 建物の状況把握
まとめ──既存不適格の証明に合わせて、利害関係者が納得いく枠組みを調整する

番外編2 確認申請不要な規模の用途変更

オフィスビルの一室 → 福祉施設

●第3章 商業系、宿泊施設、工場等への大規模な改修
/オフィス、店舗、ホテル等

~事例3-1 融資は受けられる?コストを抑えた違法増築物件の是正計画

違法状態の事務所 → 適法状態の事務所

STEP1 事業の背景──市価より安い違法物件を事業用に購入して運用したい
STEP2 地域の規制を確認する
STEP3 現況調査により違反の状況を正確に把握する
STEP4~5 QCDを考えたプランニングを作成し、見積りをとる
まとめ──法規の丁寧な検討でコストを抑え、資産価値も大幅アップ

【コラム2 不動産取引や賃貸借契約の前に注意すべき、利害者間の調整】

~事例3-2 旧耐震の建物でもここまでできる!
構造も大規模にリノベーションしたビール工場

研修所 → ビール工場

STEP1 プロジェクトの背景──生産量増加に伴う工場拡張の必要性から、自社工場の取得へ
STEP2 地域の規制を確認──工場設置に関わるさまざまな法規の調査
STEP3~5 調査/予算/スケジュール/プランニングまでをトータルで検討
まとめ──中小企業にとっての建築事業とは?

~事例3-3 法規をクリアしながら事業性を最大化する

オフィスビル → ホテル

STEP1 マンションデヴェロッパーのホテル事業への挑戦
STEP2 地域の規制を確認する
STEP3 既存建物の状態を確認
STEP4 計画の成否を左右しかねない、宿泊施設に必要な設備
STEP5 プランニング
まとめ──客室の効率を最大化できるよう丁寧に法規を検証する

ツールボックス

01 防火区画-壁/02 防火区画-防火設備/03 防火区画-貫通処理/04 消火設備/05 耐火被覆/06 杭地業/07 サッシ改修工法/08 基礎補強/09 超音波鉄筋探査機

おわりに
索引


☟本書の詳細はこちら

『事例と図でわかる 建物改修・活用のための建築法規』佐久間悠 著

体 裁 A5・220頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2687-0
発行日 2018/09/20
装 丁 助川誠・徳毛郁子(SKG)

いただいたサポートは、当社の出版活動のために大切に使わせていただきます。