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薩摩オハラハー DAY7

特攻平和会館

鹿児島滞在最終日は早朝からローカル路線バス に1時間揺られ知覧へ。今回の旅でぜひとも訪れてみたかった場所だ。

特攻という重たいテーマを今に伝える施設だが、事実を淡々と伝える姿勢にとても好感の持てる場所だった。思想は事実を知った後に付いてくるべきものだ。

施設内はトップ画に使った飛行機の残骸以外は撮影禁止。
以下の写真は平和会館周辺の様子です。

特攻隊員が出撃までの数日間を過ごした兵舎の再現

遺書をはじめ特攻隊員目線の資料はもちろん、知覧の地元住民目線、アメリカ軍目線の展示も豊富でいろいろと考えさせられる空間。
遺書は親兄弟へ宛てたもののみならず、恋人や生まれたばかりの子供に宛てたものもある。今の自分と同年代の特攻隊員たち。無数の個人の歴史がここにはあった。

一つだけ確かなことがあるとするならば、大きな歴史の流れは小さな個人の歴史の集合体、まさにhis story = historyであるということ。

約80年前、命の片道切符を携えて遥か沖縄の海へ散っていった若者たちがいる。

知覧は満開の桜で溢れていた。

その様子は物悲しくも、平和の大切さを静かに伝えていた。

知覧散策

鹿児島市に戻るバスの待ち時間が1時間半近くあったので、知覧の街をブラブラ歩いてみた。

薩摩藩統治時代の武家屋敷が数多く保存されており、「薩摩の小京都」とも称される風光明媚な街。

日本を代表するお茶の産地である知覧。薩摩弁の洗礼をたっぷり受けながら笑笑、試飲させていただいた知覧茶は絶品だった。実家用にたっぷり購入させていただきました。ネパール、鹿児島とお茶の旅をしている今年の3月だったな。

街外れにある豊玉姫神社にもお詣りし、半日とはいえ充実だった知覧。

「枕崎20km」の道路看板に若干後ろ髪を引かれながらも、ここから先へ行くのは次回の宿題として知覧を後にした。

仙巌園

鹿児島県の南端は?と聞かれて、沖縄本島から20kmほどしか離れていない与論島と即答できる人はどれだけいるだろうか。列島の辺境にあるように見える薩摩だが、実は限りなく海に開けた海洋国家であった。
そのことが、対外情勢への敏感な感覚を育て、長年にわたり琉球との貿易でため込んだ富も相まって、薩摩を幕末明治期における時代の旋回の中心点にさせた。

知覧から再び鹿児島市に戻り、午後からは市郊外にある「仙巌園」「尚古集成館」へ。

仙巌園は、島津家別邸。日本の城下街によくある都市型の大名庭園とは違い、桜島と錦江湾を借景とした雄大な庭園である。実際に島津の殿様が過ごしていた御殿にも全て撮影可能な状態で入ることができる。

尚古集成館は、幕末の薩摩藩主島津斉彬が、西欧列強諸国のアジア進出に備え、軍備のみならず近代的な産業の育成を図るために建設した工場群である。

今も昔も、最新の知識と技術を取り入れて学び続けることの重要さは変わらない。
当時の反射炉は、今でいう量子コンピュータや核融合炉といったところだろうか。

幕末初期にいち早く近代化を実践し、攘夷で列島が沸く状況下で挙国一致の体制を作り上げることを提唱した斉彬にただただ敬服するばかりだった。
尚古集成館事業そのものは上手くいったことばかりではなかったようだが、そうしたトライアンドエラーが無駄ではなかったことはその後の歴史が示している。
斉彬の志は、幕末の志士や商人、技術者たちに受け継がれていき、その行方は当時蝦夷地と呼ばれた土地の歴史にも繋がっていく。

徹底的なリアリストであること、最新の情報や技術に興味を持って貪欲であることの大切さを改めて感じさせられた場所だった。


東郷平八郎のこと

鹿児島を巡る旅も終わりが見えてきた。
仙巌園を出発して「石橋記念公園」でシティービューを降り、多賀山公園へと向かった。
歴史好きとして薩摩の代表的な偉人の銅像は全て見ておきたかったので、公園内の「東郷平八郎」像を目指した。

東郷平八郎像

桜島と錦江湾を望む高台の上に東郷像はあった。

西郷や大久保と同じく維新の梁山泊「加治屋町」に生まれ、14歳のときに初陣として参戦した「薩英戦争」で海防の重要性を知った少年は、海に生きる生涯を歩むことになる。

日露戦争では連合艦隊司令長官として、ロシアのバルチック艦隊を日本海において撃破。薩摩人らしい懐の広さを持つ人物で、日本海海戦で捕虜になった後に佐世保の海軍病院に入院していたバルチック艦隊の長官ロジェストヴェンスキーを直接お見舞いに行ったエピソードも。

「敗軍の将」に礼を尽くせる器の広さを持ち、海外からも高く評価された人物である。

その像は、自身が生まれ育ち、海防に生きることを志した原点の地、錦江湾を今も見つめ続けていた。単なる銅像に過ぎないのだが、「坂の上の一朶の雲」を懸命に追いかけていったであろうその朴訥とした背中は、とても心に残っている。

鹿児島編はこれにて終了。
「薩摩オハラハー」もあと1日を残すのみとなりました。







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