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ポケ森日記6 モラトリアムと社会の人とポケ森と

今日を含めて5日間ここで字を書いてきてひとつ思いました。

「noteひとつの文字数は2000字前後にすると、書いてても見返してても気の抜け方が丁度いいといいますか、『楽しい生産力』と形容できる気がする」というものです。

今後ともよろしくお願いできれば幸いです。

<序>

今日のポケ森では雨が降っていました。リアリティの演出にこんなことまであるんだ……と驚きました。

実はゲームを始めて、まだ日が浅いんです。ひと月も経ってないような……だから面白くて、雨が降るなんていう演出も知らなかった。ゲームに対する思いがまさにいま心臓で作られたばかりの血のように新鮮に身体中に巡っていて、このようにいくつもnoteを書き進められているのかもしれません。

<序Ⅱ・突然の自分語り>

またそれがゆえに、空き時間さえあれば何をしていても、例え職業にたずさわるような行為をしていても

(昔からなんとなく「仕事をする」という言い方が恥ずかしいというか身に余るという感じがしてうまく人に言えた試しがありません。脈絡なく自己分析を始めてしまうのですが、意識が薄いんでしょう、モラトリアムから永遠に抜け出せないんでしょう。

同じような思いをされている方がいらしたら是非お教え願いたいぐらいです。自分がこう貢献している、役に立っている、という自覚というか自己肯定があまり出来ていないのかもしれません。

それはそれでモチベーションの維持に問題をきたしそうで、歓迎すべきことではない、解決していくべきことなのかもしれず……だからnoteに行き着いて、なにかしら肯定できるようになりたいのかもしれませんが)、

隙あらばポケ森を立ち上げている携帯を取り出してしまうため、おそらく進行度合いがやたら進んでいる様子だと思えるのが些かお恥ずかしいというものがございます。

こちらもいずれメインとして取り扱う話題に出来たらと思うのですが、フレンドを見渡して、ぼくより長く遊んでいそうな方々よりもレベルが高くなってしまったほどでした。おそらく今日、明日中にはLv70の大台(自分からいうにはなにか自慢みたいでそれも躊躇われるのですが)になってしまいそうです。

楽しいから、に尽きるんですが……

<前回の補足:分数表現が変>

前回のお話を肯定しようとする際に、一点だけゲームの仕様であまりよろしくない箇所があるのを見つけました。

あらためまして当noteは、ぼくがポケ森を遊んでいて感じたことを記録したり、ここはこうしたほうが楽しめそう、みたいなことを紹介できたら良いと思っています。

そこで前回は自分の経験とかに触れ、教育関係のお話をしました(後述)。

教育という単語を使うにあたって、ポケ森における所持品のカウント表現が些か適切でないと思える部分があります。

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ポッカリ島にいるハムスケ(左下)は、桃と椰子の実を求めています。それぞれ欲しい数は1つ、2つのようです。

このように、各クエストをおこなう上での分数の使い方が算数のそれとは逆になっています。

表現としては「あなたが持っている数」/「要求数」

だろうと思うのですが……義務教育生に遊ばせる上でこちらは少し危険かと思うので任天堂には改定してもらえたら良いんじゃないかなあ……と薄く思っています。

<前回は、「少し堅苦しそうな場でも共通話題としてポケ森が使えるのでは」という話をしました>

前回、ポケ森って教育現場に使えるのでは、ということをなんとなくの結論と見做した話をふわふわ書かせていただきました。

その話は、教育現場というよりは教える側と教えられる側のコミュニケーションツールとしてポケ森が役立つかも、共通語になるかも、というものでした。同時に中高生同士の話の取っ掛かりとしても使えますね、なんならどうせコミュニケーションに利用するのであれば、日常生活における会話の一助としても。

<社会の人とポケ森の相性について>

ビジネスパーソン同士が居る場では少し難しいかもしれませんが……宴会とかなら話は別かもしれませんね。同僚と昼飯を食べたり、昨今ではPC会議を利用した軽い内輪向け情報交換セミナーを開きながら過ごされる方も多いことでしょう、ぼくはもちろん休憩中等にそこまで自己研鑽を重ねる気力を持ち合わせていないのですが……

そういった「社会の人(※ビジネスパーソンの意。バーチャルYouTuber理原ひなりさんが日常会話で使う単語)」同士が重なり合う場でもざっくばらんな空気が流れる場所であればこのゲームの話題を出すにあたっては適切なように思います。

<壮年と新卒のケースで考える>

先の自分のnoteのケースを参考に無理やり当てはめるなら、

新人研修の担当者となったいかつい壮年の方が、

数日前まで大学のキャンパスで人と人の会話において下の名前どころか相性でしか相手を呼んだことがない※(ぼくがそういう過ごし方をしすぎていたことに依る同族偏見のようなものです。嫌悪とまでは行かないので、へんてこな表現になりました)ような新卒の少年少女(青年淑女が適しているでしょうか)に対して、

ちょっとした外回りの休憩時、after5の夕飯奢りの時にポケ森の話題でうまく盛り上がることができれば、多少のギャップを感じてもらい、心の開いていない部分を開けさせる効果が見込めるかもしれません。激しく都合の良い希望観測ではありますが……

このゲーム簡単だよ、面白いよ、と自分から年下の誰かに対して教えられる場というのは限られてしまうかもしれませんが、

「大人もこういうゲームで遊ぶんだ/遊んで良いんだ」

「大学の合間合間でこういうアプリいじってたなぁ」

「先輩、奥さん/旦那さんいるのにこういうゲームするんだ」

とか思わせられたら上等なのではないでしょうか。そういう機会があったときに紹介するために適したゲームだと思えます。

社会に属した人間となってしまったのに、社を代表して他社と数百万円とかのやり取りをしているのに、ゲームで遊んでいる自分なんて人様に見せられない、同僚に見せられないみたいなことを思ってしまうような人の心をほぐすために利用できたらいいんじゃないかと思いました。

いくらゲームが有利に進められそうだからといってフレンドとかになってしまうと、ログイン時間が可視化されてしまい問題がありそうですね。

リモートワーク化が世間に浸透するにつれて、企業によっては「勤務時間内にロック画面になった課員を叱責する」「インカメラ監視をおこなう」という事態がなくはないようなので、個人のアクティビティがわかりやすく他者の前に提示されるという状態は、人間関係を支えるにあたって些か不健康なものであるとぼくは考えたいです。

心につっかえ棒みたいなものを持ったまま非効率的に業務を進めることになってしまわないように、個人のアクティビティは守秘され、保護されるべきであると。

<反省>

あまりにも話が飛び飛びになってしまいました。

なにか初めてのnoteにおいて、社会に対して「こういう方がいいぜ!」みたいなことを言わないようにできたらというようなことを言っておきながら軽く言ってしまっている状態なように思えてきました。# リモートワーク # Z○○M会議 とかのタグ付けをしなければ人様の目に止まらないでいられるでしょうか。そうしようと思います……

強く強く遠回しに、世代間ギャップが有る人間同士のコミュニケーションにおいてポケ森が使えるのではないかという前回の応用のパターンについて考え、ほぼ同じ結論に至りました。

ゲームの内容が世代を選ばない、という点はこのゲームのかなり大きな特徴なのではないでしょうか。

モラトリアム気分から完全に脱却してしまうことを恐れ、染まって・変わってしまう自分の立ち位置を客観視するためにポケ森が上手く使えるかもしれない、刺さるかもしれないというお話でした。

ここまでポケ森についてしか書いてないため、いざコミュニケーションを取る際に「ポケ森しか話題がない人」みたいに思われてしまいそうなことだけが怖いです。でも実際そうなのかもしれません……

<後記>

次回以降は、これまで話の種にしてきたポケ森やバーチャルYouTuberに留まらず、外出自粛以降で登場した普通のYouTubeチャンネル等のお話も始めたりしたいと思います。サマーズチャンネルとか草彅剛ぐらいしか見ていない(逆に、自分がそういう実写の人々がおもしろおかしく過ごすさまを展開するフィールドを興味ある分野として開拓するとは思わなかった)ので、さっさと終わってしまいそうですが……

ご覧いただき、ありがとうございました。

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