昔話なお宿 ~チェックイン~
古めかしい老舗旅館。
(見事な建物だなあ。
正面は数寄屋造りで立派な宿構え。
時代劇のセットに、
このまま使えるレトロ感もいい。
昔話の宿という謳い文句にピッタリ。
なのに…
なぜ屋根の上の…
龍宮城と鬼ヶ島のオブジェ?
あれが全ての景観を、
台無しにしてる思うんだけど…)
「お客様、遠いところから、
ようこそ音霧荘においで下さいました。
当旅館の女将の鈴愛と申します。
ささ、こちらの履物に履き替えて、
中へどうぞ」
黒柳徹子さんか湯婆婆か、
片桐仁さんしかできなさそうな髪型の、
品の良さそうな女将。
「よろしくお願いします」
私は挨拶をし、
女将に言われるがまま、
小上がりに並べられたスリッパに、
履き替えようと靴を脱ぐ。
ウスドーーーン!!
靴を脱ごうと少し屈んだ、
無防備な私の後頭部に、
何かがクリティカルヒット。
目の前に広がる眩い星の向こうに、
臼を模したタライが、
床に転がっていた。
「お客様、油断されましたね。
これが当館名物のウスドンでございます」
「意味がわかりません!
何ですかいきなり、ウスドンって!
アイタタ…
何がしたいんですか…
客の頭にタライを落として」
「それがうちの、
ウェルカムドリンクです。
ほら、そのタライの中に」
「え?!ほんとだ。
タライにペットボトルがくっついてる。
でもこれってわざわざ、
落とす必要ないですよね…
あれ?
これ見慣れないラベルですけど、
ひょっとして、地元の飲み物ですか?」
「いえ、痛み止めのシロップです」
「もてなしも、
アフターフォローも変!
さっきので、
怒って帰るお客様いませんか?」
「はい。
これはオーバーツーリズム対策なので、
当館としては計算のうちです。
当館の造りもその一環でして」
「あっ、もしかして、
屋根の上にある、
あのダサいモニュメントですか?」
「左様でございます。
あれも敢えて映えないように、
あとから増築しました」
「どおりで。
さっき外で写真撮ったんですけど、
あの屋根の龍宮城と鬼ヶ島が、
どの角度から撮っても映り込むんですよ。
これがまた、いい塩梅にダサい」
「緻密な計算を元に建てましたので」
「相当変わってますね、こちらの旅館」
「ええ、皆様そうおっしゃいます。
でもうちはリピーターの方も多くて、
次、来館される時は皆様、
リアクションを練習して来られますよ」
「タライが落ちてきた時の?
わざわざ?」
「はい。
セリフまで考えてこられて」
「物好きな方、多いんですね」
「まだまだ当館のサービスは、
こんなものではございませんよ」
「え?!
まだ、何かあるんですか?
じゃあ、宿泊中ずっと、
上を気にしながら移動しないと…」
「上にばかり気を取られてると、
下から栗が飛んできますので、
ご注意下さい」
「栗?!
私、サルですか?!
サルカニ合戦の?」
「いえいえ、たまたまそういう
仕掛けもあるという例え話です」
「例えじゃないでしょ、それ。
さっき臼ドーンも、
ありましたし」
「まあまあ、お客様。
そんな話よりも、
こちらの火鉢にでも当たりませんか?」
「栗でしょ!
狙ってるでしょ!その灰の中から!
しかも真夏に火鉢って、
無理があるでしょ!」
「そうですか?
それは残念。
では、ちょうどこの裏手の山から、
朝、汲んできたばかりの、
よく冷えた天然水がありますから、
そちらをどうぞ」
「それは頂きます。
ちょうど喉も乾いてたし…
水瓶!
これ、蜂いますよね!
あぶなっ!
何、この来て早々、
たたみ掛けてくる感じ。
これ昔話知らない人、
ヤバいんじゃないの…」
「そんなことはございませんよ。
昔話の雰囲気を、
安心して楽しんで頂くのが、
当旅館の基本概念ですから」
「私は疑念でいっぱいなんですけど」
つづく。
お疲れ様でした。