見出し画像

掌編小説(3)『約束のプレゼント』

 他人様の家に忍び込むのは、いくつになっても慣れないものだ。
 雪の夜、煙突からの侵入を諦めた俺は、そのまま頂上に腰掛けた。足元には粉雪を薄く積もらせた屋根と、それを支える石造りの大きな屋敷が見える。
 寒さに震える手で、俺はポケットから一通の手紙を取り出した。
 電子メールを印刷した紙の裏に、『プレゼントして欲しいもの』が書かれている。その下には子どもが描いた絵があり、馬鹿でかい建造物の隣で、おなじみの赤い衣装を着た俺が笑っている。
 そう、最初によく見ておくべきだった。

落書きのような屋敷の絵。そこに記されたマル印と靴下。これはそれぞれ屋敷の《入口》と、プレゼントを置く《目的地》を表していたのだ。
 俺はひとまず《入口》に向かった。
 屋敷の端につくと、ある部屋の窓の下にチョークで書かれた煙突の絵を見つけた。なるほど。今日はこの窓が煙突というわけか。ここなら目的の部屋までそう遠くはない。
 俺は屋敷中央にある【靴下の部屋】を見上げた。先ほど確認したときと変わらず、部屋の中に明かりはない。
 いつもは夜更かしするあいつも、今日は早めに寝たようだ。
「いい子には、相応の贈り物をしなきゃな」
 窓を開けた俺は音もなく屋敷に侵入した。ここまではさほど難しくはない。泥棒にだってできる。重要なのはここからだ。
 背負った袋からプレゼントを取り出す。もちろん、こんな紙箱そのものには何の価値もない。大事なのはいつだって中身の方だ。
 細心の注意を払い、廊下に出る。時計の振り子が揺れる音。さっと廊下を横切り、階段に足をかける。
 踏板がきしんで音を立てないように、一段ずつ上る。静かに足を上げては、降ろす。
 階段を登りきり、深呼吸をついた。
「だあれ?」
 廊下の角から小さな影が現れた。
「や、やあトム。こんばんは」
「あれっ、もしかして! サンタさ——」
 俺は咄嗟にトムの口に手のひらを押し当てた。そして空いた手の人差し指を自分の口にあて「静かに」と合図を送った。
 トムが頷いたので、俺は手を離した。
 トムは俺が手にした小箱を指さすと、次に自分を指さして首を傾げた。「それはぼくの?」と言いたいのだろう。
 俺は少し考えてから、首を横に振った。するとトムはたちまち泣き出しそうになった。俺は慌てて訂正した。
 まずトムを指さし、次に合わせた両手を左頬にあてる。最後に小箱を指さすと、トムは人差し指と親指で輪を作り、笑顔で寝室に帰っていった。額の汗を三角帽子の先についたポンポンで拭ったが、嘘をついた罪悪感までは拭えなかった。
 ようやく【靴下の部屋】にたどり着く。

俺は少しの作業のあと、引出しにそっとプレゼントをしまった。


 二日後。朝刊を読んで、宿を出た。旅に発つ前に例の屋敷に立ち寄る。門の前では、一人の少年が俺を待ち構えていた。
「新聞見たぜ。うまくいったな。ナオ?」
「おかげさまでね」
「孤児院を隠れ蓑に人身売買とはな。媚びを売るために市長に渡したプレゼントが実は、自身の悪事の証拠とは。ガキにしちゃあいい計画だった。それじゃあ——」
「それじゃあ、約束のプレゼントだよ。泥棒のおじさん」
 ナオは一冊の手帳を差し出した。こちらには俺の悪事の全てが記録されている。市の職員を装い下見に訪れた日に鞄から消え、代わりに入っていたのがあの手紙だった。
 手紙の表。印刷された電子メールの内容は、人身売買を巡る取引についての生々しいやりとりだった。裏には手帳を預かるという脅迫と計画の全て。それに、殴り書きした『自由を!』という言葉が記されていた。俺は全てを承知した。
「今度は無くさないでね」
「お前、ろくな大人にならねえぞ」
「おじさんみたいになれるなら大歓迎さ」
「口の減らねえガキだ」
 俺は足早に立ち去ろうとした。
「おじさんはさ、なんで協力してくれたの? 手帳を取り戻せば済んだのに」
 立ち止まり振り返る。ナオの姿にかつての自分を重ねた。
「大した理由じゃない」
 屋敷を見つめる。
 俺はナオと故郷に別れを告げた。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

528,964件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?