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ふたしき
2022年9月11日 22:52
ある夏の昼下がりに、私は母の実家を訪れていた。一昨年に祖母が亡くなったことで無人となった家の、家財などの整理にやってきたのだった。 遺品の整理もひと段落ついたので、私は休憩をとることにした。縁側に座り、用意したコップ一杯のぬるい麦茶を一気に飲み干す。こめかみに浮かんだ汗が頬を伝い、顎先で止まって、音もなく私のもとを去っていく。紺のスカートが黒くにじんだ。 家は山奥にあるので、町中に比べれば暑
2022年1月5日 19:41
「ほら、飲んで」 朦朧とする意識の中、黒塊は声の主をたしかめた。砂埃に煙る視界の中には小さな影。 傍に跪く少女が、両手を黒塊に差し出す。手のひらで象る椀の中には水があった。水は先ほど、奴隷商人の男が商品どもに注いで回ったものだ。商人と奴隷の列は数刻ごとに休息をとりながら、オアシスに栄える街を目指していた。ひとり、またひとりと干涸びていく中、これ以上の〈欠品〉は儲けに関わると判断した奴隷商は、貴
2021年11月15日 21:32
「それにしても、随分と遅い到着じゃないか。ウーフィ」 燭台公は腰に手をあて、宿題を忘れた生徒を咎める教師のように狼を見下す。骸骨少年は恐る恐る、目の前の燭台頭に声をかけた。「あの、あなたが燭台公ですか? ぼく、風船みたいな女の人にあなたに会うように言われて。ぼく、道に——」 「なんだって? 君が少年を連れてきたわけじゃないのか」「道に迷ったんです。ここに来れば……貴方に会えばどうすればいい
2021年10月31日 22:28
幼き骸骨少年は物憂げにため息をついた。 身にまとうのは布切れひとつ。頭上に広がる曇り空のように、煤けたボロ切れただひとつ。 今はひとり、沼のほとり。切り株に腰掛けている。 沼を満たすのは錆色の泥水。聞こえるのは、ときおり水面に浮き出た空気がたてる、ぼこぼこという音だけ。沼をぐるりと取り囲む立ち枯れた木々も今は、耳を澄まし、口をつぐんでいる。 骸骨少年が沼にたどり着いてから、すでに一昼夜が