見出し画像

理系院生のための体力づくりハックーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉙

今回は研究エッセイです✒


理系大学院生として生きていくためには、体力が必要になる場面が多くあります。地味な作業を飲まず食わずで長時間続けなければならないときには、身体的な疲労との戦いです。また、何かしらの結果を出さなくてはならないというプレッシャーが付きまとい、徐々に精神的な疲労が溜まっていきます。「体力」には、身体的な体力と精神的な体力の両方があり、それらは切っても切り離せない関係にあります。身体的不調は精神的不調の引き金になり、また精神的不調の危険信号として身体的不調が現れます。双方ともに健康でなければ、体力は身に尽きません。

真面目な人なら、「バランスの取れた食事・適度な運動・規則正しい生活」によって体力が付くと思うかもしれませんが、人生はそんなに甘くありません。だいたい、まともに働いている人が健全な生活を送れるようには、この世はできていません。誰もが、やりたくない仕事をやり、生きたくない人生を生きている中で、自分の健康のためにさらに努力するなんて、拷問でしかありません※1

※1 この世には、徹底した食事制限やジム通いなど、健康的な生活を送ることに楽しさを見出している人もいます。そのような尊敬すべき人は、修行僧のマインドを持った人か、マゾヒストかのどちらかでしょう。

人類の文明は、「いかに楽をして生きるか」を追求することで進化してきたと言っても過言ではありません。特に、科学・医療の技術は、このような要請に応えるために発展してきた歴史があります。そこで、生きていくうえで必要な体力を、苦痛なく付けるための工夫を考えることにしましょう。ここでは、私個人の経験から、体力増強に役立つライフハック7選をお送りします。

①散歩を趣味にする


ベートーヴェン、カント、アインシュタイン……散歩を好む偉人は数多く知られています。軽度の有酸素運動になるだけでなく、疲れた頭を切り替えるためにも良い効果があるのでしょう。しかし、この慌ただしい現代社会において、自分の生活圏内で散歩をしてもなかなかリラックスできません。そこで、自分の生活圏を飛び出して、人が誰も知らないような場所で散歩をしてみましょう。スマホの地図アプリで、近場の山に移動し、山中にある神社を探します。運が良ければ、地元の人ですら知らない、隠れ家のような神社を見つけることができます。そこを目指して散歩してみると、運動にもなり、霊的な雰囲気も味わえて一石二鳥です。


私のお気に入り散歩スポット、神奈川県の相模湖です。
中央本線の駅前にある与瀬神社とセットでめぐるのがおすすめです


② 日光を浴びる


日光を浴びると、精神を安定させる作用のあるセロトニンが分泌されやすくなります。しかし、実験室は通常日光が入りません。帰宅も夜遅くなってからなので、日光を浴びるチャンスは朝しかありません。したがって、朝日が降り注ぐような家に住み、窓際にベッドを置いたうえで、カーテンを全開にして眠りましょう。東京都心ではなかなか難しい条件ですが、茅ケ崎や九十九里浜なら可能です。東側に大きな窓があり、オーシャンビューの屋根付きテラス、専用ビーチ付きの家を、どなたか私に恵んでいただけないでしょうか。


③よく飲み、よく食べる


実験室は飲食禁止のため、食事の時間は不規則になりがちです。だからこそ、「もう夜遅いから食べなくていいか」となりがちですが、それではいけません。どんな時間でも遠慮なく食べましょう。平日が難しければ、休日に豪華な食事をとりましょう。自炊は面倒で、用事が無いのに外食をするのも億劫という人は、近所のレストランを攻略するゲームだと思いましょう。ここで、忙しくて店選びもままならない人のために、都内の私のおすすめレストランを紹介します。

* バンハオ(平和台):タイ料理店では珍しい「パッポンカリー」が提供されるお店で、ジャスミンライスもとてもおいしいです。

* サイゴン(池袋):ごく標準的なベトナム料理店ですが、平日昼のセットが豪華で食べ応えがあります。

* ガラムマサラ(経堂):インドカレー店ですが、よくある粘度の高いタイプではなく、サラサラしたカレーです。多彩な味が楽しめます。



④ サボりどころを見極める

例えば中学・高校の部活で、何かと仲間と協力したり、困った人を助けなければならないというプレッシャーを与えられなかったでしょうか?それは研究室ではむしろ逆効果で、実験室には高級な装置がたくさんあるため、慣れない人が良かれと思って作業を手伝った結果壊してしまう可能性さえあります。したがって、自分がやるべき以上の仕事をしない、というのが正しいのです。自分しかできないことだけをそそくさと終わらせて、あとは忙しいふりをしながらボーっとしましょう。


⑤ 研究室から遠い場所に住む

散歩をする時間さえ取れない人もいるかもしれません。そんな人は、日常のルーティーンに散歩を取り入れてしまえばよいのです。徒歩や自転車で30分以上かかるような距離に住みましょう。そのような場所は不便なことが多いので、家賃も安くなる傾向があります。また、あまりにも近い家に住んでいると、帰っても帰らなくても一緒ではないか、という発想に至ってしまう可能性があります。ひと頑張りしないと帰れない距離だからこそ、しっかり始まりと終わりの時間を決められるというのが重要です。


⑥推し活をする

どうしても頑張れないとき、誰かから掛けられた一言でもうひと踏ん張りできたことはありませんか?しかし多くの人は、そのような優しい人が周りにいません。そこで、画面の向こう側の人に励ましてもらいましょう。2024年1月にメジャーデビューを果たしたばかりの女性アイドルグループ「≒JOY」は、愛でも恋でもなく夢を歌うコンセプトのグループで、きっと沢山の人に刺さるのではないでしょうか!ぜひ!


⑦ “Double-think” を身に着ける

ジョージ・オーウェルの小説『1984』※2では、”double-think” という概念が登場します。小説の冒頭で、物語の舞台となる国家のスローガン ”War is Peace, Freedom is Slavery, Ignorance is Strength” が提示されます。「平和」には「戦争」が、「自由」には「隷属」が、「力」には「無知」が包含されると国民を洗脳することで、国民は独裁者の思惑に気づかなくなります。既存の言葉を、本来の意味とその逆の意味の双方で同時に理解することで、政治的に正しい考え方を身に着ける、という文脈で登場するものですが、この概念を応用しましょう。

※2 1949年にイギリスの作家ジョージ・オーウェルによって刊行された小説。政府による個人の監視など、全体主義の恐怖を描いたディストピア小説の金字塔。

「苦痛」は「快楽」に包含され、「疲労」は「健康」に包含されると自分を洗脳すれば、つらい状態、疲れた状態が、楽しく充実した状態になります※3

※3 世の中には、運動することが好きな人がいますが、この “double-think” を自動的に使っているのではないかと思います。つまり、人によってはただの苦痛でしかない、体を動かすことが、「快楽」であると自分を洗脳することによって、不合理な疲労を受け入れられているものと考えられます。


「24時間、戦えますか」の時代から30年余り、理系の大学院生のほか、今でも戦い続ける皆様に役立つかもしれない体力づくりライフハックをご紹介しました。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。

この連載を最初から読む方はこちら



この記事が参加している募集

物理がすき

新生活をたのしく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?