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世の中にある本をすべて読もうとすると何年かかる?(寿命は無視する)<初・中級編>ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」④


ゲーテの戯曲「ファウスト」の主人公ファウスト博士は、この世のすべての学問を究め尽くしてもなお、自分の知識欲を満たすことができず、悪魔にそそのかされて即物的な快楽に溺れていきました。学問といえど書物が限られていた当時ならまだしも、現代においてすべての学問を究め尽くすというのは、到底可能なことではないでしょう。
Googleの調べによれば※1、2010年時点でこの世には1億3千万冊の本が存在すると推定されています。大学で文学を専攻する学生の中には、1日に数冊は読める人もいると聞きますので、毎日5冊読んだとすると、

130,000,000冊÷(1日5冊)÷(1年365.2425日)= 7万年
つまり、文学部学生のような生活を7万年続ければ、この世のすべての本を読み切ることができることになります。


※1 
http://booksearch.blogspot.com/2010/08/books-of-world-stand-up-and-be-counted.html?m=1


ところが、重要なことを忘れていました。世界では毎日のように、新しい本が出版されているのです。それも含めてすべてを読み切らなければ、「この世の本をすべて読んだ」とは言えません。ある調べによれば※2、世界では年間220万冊の本が出版されていると言います。平均すると1日あたり0.6冊なので、文学部学生なら追いつけるペースですが、実際には1億3千万冊の「古い本」に加えて新しい本を読んでいかなければならないので、事情は複雑です。


※2 https://www.worldometers.info/books/


ここから中級編



それでは、具体的に計算してみましょう。
生まれた年が$${B}$$である人が※3、一日当たり$${R}$$冊のペースで本を読み続けることができるとします。この世にある本の冊数は、2010年時点では1億3千万冊で、それ以降年間220万冊ずつ増えているので、ある年$${Y}$$においてこの世に存在する本の数$${P(Y)}$$は

$$
{P(Y)}~\mathrm{冊}=130,000,000\mathrm{冊}+2,200,000\mathrm{冊}\times\left(Y-2010\mathrm{年}\right)
$$

で求められます。この驚異的な読書家は、生まれた時点で既に$${P(B)}$$冊の本を読まなければなりません。このように、「積ん読」状態で読めていない本が$${Y}$$年の時点で$${Q(Y)}$$冊あるとします。したがって、$${Q(B)=P(B)}$$が成り立ちます。

※3 話を簡単にするため、ここでは$${B}$$年の1月1日生まれと仮定します。他の箇所についても、1月1日を基準として定義します。



この未読の山が年とともにどう変化していくかを辿っていきます。1日あたり$${R}$$冊を読むことができるということは、年間で$${R\times365.2425}$$を読むことになります。
つまり、このペースで未読の山は減っていきます。
一方、1年あたり220万冊、言い換えれば
微分係数$${\frac{d}{dY}P(Y)}$$のペースで未読の山は膨らんでいきます。
つまり、


が成り立ちます。


ここまで付いてこれているでしょうか。左辺は「1年あたりの未読の山の増減」、右辺第一項は「本を読んで未読の山を消費していくペース」、右辺第二項は「世界中で本が出版されて未読の山が膨らんでいくペース」を表しています。

さて、右辺には$${Y}$$が含まれていないので、この微分方程式は簡単に解けます。
ある年Yに、読書家が読まなければならない本の冊数は

で求まります。


最新の本まで完全に読み切ったとき、$${Q(Y)}$$はゼロになります。したがって、

$$
0=\left[-R\times365.2425\mathrm{冊}+2,200,000\mathrm{冊}\right]\times(Y-B\mathrm{年})+130,000,000\mathrm{冊}
$$

を満たすような$${Y}$$の年に、本を読み切ることになります。


1日何冊のペースで本を読めば、何年で読み切れるかを計算したのが下のグラフです※4

横軸が一日当たりの読書量Rで、縦軸が読み切る時点での年齢Y-B



グラフを右から辿っていくと、$${R=6000}$$あたりで急峻に上昇します。すなわち、1日6000冊以下のペースで読むと、新しい本が出版されるペースに追いつくため、何年かかっても読み切れないことになります。逆に、それよりも速いペースで読めば、有限の時間で最新の本まで追いつくことが分かります。たとえば1日1万冊のペースで読めば、およそ100年で最新の本まですべてを読み切ることができます。

※4 罫線の間隔が均等でないことが分かりますが、これは「両対数グラフ」と呼ばれる種類のグラフで、描画する値の範囲が広いときに使われます。


上級者編⑤へつづく


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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