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善意でやらかす人々の物語/今村夏子さんの『とんこつQ&A』

こんばんは、古河なつみです。
突然ですが今村夏子さんという作家さんをご存じでしょうか?
芥川賞を受賞した『むらさきのスカートの女』の作者、と言えばピンとくる方も多いかと思います。
私も芥川賞候補となった時にお名前を初めて知って、既に出版されていた『こちらあみ子』を読んでからファンになり、以降の作品を順番に読んでいる作家さんです。


今村夏子さんの作品の個人的な読みどころ

先日たまたま今村さんの短編集『とんこつQ&A』を読み返したのですが、その時にふと「そうか!今村さんの作品の登場人物は善意でやらかすんだ!」という気づきを得ました。

よかれと思って家族や仕事仲間にアドバイスをしたり、されたりすることは、人間の生活においてよくある出来事です。
けれど、そのアドバイスをよく観察するとこんな風に思える時もあります。
「そういうやり方だと時間が掛か(って私の仕事が増え)るから、こうした方がいいよ」と本当は自分に迷惑がかかるからアドバイスをしているだけだったり「(あなたのやり方は危なっかしいから)良かったら手伝おうか?」と相手の能力を低く見積もっているが故のアドバイスだったり。
もちろん本当に善意で声を掛けてくれる人もいますが、相手の表情や声色を観察すると()付きの善意を押し付けられているな……と思う瞬間があります。
でも、アドバイスをしてくれている人に「悪気」はありません。
当人自身も()付きの善意である自覚なく、よかれと思って助言をしているのです。だからこそ助言を授けた相手から感謝されなかったりすると「あの人は失礼な人だ!私が助けてあげようと思ったのに!」という逆恨みの感情が生まれてしまいます。

この自覚なく「善意でやらかす人々」の描写の鋭さが今村さんの小説の一番の面白い部分だと私は感じています。彼女の小説を読んでいると「ここまで激しくはないけど心当たりがありすぎる~!!」と共感性羞恥で胸を掻きむしりたくなるような恥ずかしさ、自己嫌悪に襲われることがあります。私が無意識に善意でやらかしてることもあるし、逆に無意識の善意の押し付けに遭遇していたことに気づいてしまうのです。
それって楽しい読書なの? と首を傾げられてしまうかもしれないのですが、なんというか「ああ、私もあの人も結局人間なんだ~!!」という懐かしき厨二病の感覚を味わえて、ハイになれちゃうので個人的には楽しい読書体験になっています。

『とんこつQ&A』収録作のあらすじ&感想

「とんこつQ&A」
〈とんこつ〉という町中華のお店で働き始めた「わたし」は接客対応がほとんどできず「いらっしゃいませ」という言葉すら口に出せないでいた。しかしある出来事がきっかけで店員としてうまく立ち回れるようになっていく。けれど〈とんこつ〉を切り盛りする大将とぼっちゃんの意にはそぐわないようで、新しい従業員が迎えられた。徐々に店内の雰囲気が変わっていき、焦りを覚える「わたし」だが……といったお話です。
このお話は「わたし」という主人公の「自分のことは棚に上げてる」感がすごすぎて笑ってしまいそうになるのですが、大将とぼっちゃんの業の深さも相まって、あの結末に巻き込まれた新しい従業員である「丘崎たま美」は一体どんな気持ちなんだろう……と考えさせられました。この「丘崎たま美」視点から語られる〈とんこつ〉の人々の物語も同じくらい凄みのあるストーリーになりそうです。

「嘘の道」
「僕」が子供の頃に与田正(よだ・ただし)という少年がいた。あまのじゃくな性格の彼はいつしか「うそつき」呼ばわりをされていじめられるようになっていた。「僕」の姉も与田正を嫌っており、姉にとって都合の悪い話題になりそうになった時に与田正の悪口を話していた。ある時「僕」と姉は道に迷ったおばあさんに親切のつもりで道案内をした。しかし、その後に「誰かに嘘の道を教えられたおばあさんが骨折してしまった」という噂が流れ……というお話です。
まさに「スケープゴート」の扱いを受ける与田正という少年と、悪意を持った決めつけで彼を責め立てる同級生たちの構図が非常に鮮明で、怖い作品です。「あいつはいつも嘘をつくから」という理由で「あいつは自分がやった悪いことを認めないとんでもないヤツだ」というレッテルが重ねられ、作中でほとんど与田正は発言をしている様子がないのに「悪いヤツ」扱いされていく過程も勿論ですが「僕」と姉が陥ってしまう状況がたいへん皮肉が効いていて「キッツ……」とラストを読んだ時に呟いてしまいました。

「良夫婦」
友加里という菓子工場勤務の女性がある日、同級生のランドセルをいくつも持たされている少年・タムに声を掛ける。タムがいじめられているのではないか、そして異様にお腹を空かせていた事から虐待を受けているのではないかと疑う友加里。彼女の話を夫はあまり本気にしていないようで、友加里はますますタムの事が気になって声を掛けたり、お菓子を与えるようになる。
ある時、友加里はタムに庭のサクランボを自由に収穫していいと話す。それからタムは庭を訪れるようになるのだが……というお話です。
友加里はまさに悪気なく、善意でやらかす女性であり、その友加里のやらかしを毎回淡々と処理する夫もなかなかの人物です。結局タムが可哀想な境遇の少年なのかどうかははっきりとは明かされないのも、得体の知れない罪悪感を追体験できて興味深かったです。

「冷たい大根の煮物」
プラスチック部品の工場で働き始めた「わたし」がお弁当を食べていると「芝山」というおばさんに声を掛けられる。その後に同僚から、もしも芝山さん(声を掛けてきたおばさん)からお金を貸してと言われても貸してはいけない、と助言される。しかし「わたし」は芝山さんに行きつけのスーパーを教えることになり、彼女と一緒に買い物をするようになる。芝山さんは料理を振るまってくれることもあり、おいしいレシピまで教えてくれるので、同僚たちの助言を信じられないでいた「わたし」だが……というお話です。
芝山さん、悪い人だなぁ……と思うのですが、何だかヘンに魅力的でどうにも憎めないおばちゃんでした。ラストで料理上手になった「わたし」の生活が描かれますが、最後の結びの一文を読んで「きっと「わたし」さんは傷ついたんだろうな……」とちょっと切ない気持ちになりました。

ここまでお読みくださりありがとうございました。
それでは、またの夜に。

古河なつみ

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