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やがて来るそれぞれの交差点的な

暑く蒸した室内にいるとき、思い出す記憶がある。夏休みの中学校、体育館のコート。

僕はバスケ部員だった。

髪も赤くなければ中学MVPでもなく、スラムなダンクを決めたこともない市内最弱バスケ部センターの僕が守っていたのはゴール下と、居残り練習だけはしないという矜恃だけ。当然、ゴリラ顔のキャプテンもカーネルサンダースみたいな顧問もいなかった。

初めて挑んだ公式戦、1年生大会では100点ゲームで初戦敗退。ポテンシャルの低さには定評があった。

なだれ落ちる汗と、キュッキュと鳴り響くバッシュの音。グラウンドから聞こえてくる野球部の声。掌で掴めなかったバスケットボール。

顧問に怒鳴られた日、体育館裏にあるプールに飛び込んだ夏、先輩からエッチな話を聞かせてもらったりした休憩時間。

勝ちたいとか、上手くなりたいとか、そんな気概も薄く、単純に仲間と身体を動かす時間が尊くて、学校生活の何よりも楽しかった。

スクールカーストのミドルクラスに位置するバスケ部。どいつもこいつも下手くそだったけど、一緒にいて愉快な連中だった。

いつかの公式戦。フリースローのチャンス。

ゴールの先にある二階席には、当時少し気になっていた女の子。僕が不完全なフォームから放ったボールは、いびつな曲線を描き、リングを弾いて重力に負けて落ちた。

持っていない男だった。

その女の子が対戦相手だった他校の男と付き合い始めたと風の噂で耳にするのは、もう少し先のことだった。

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またあの時のメンバーでバスケをしたいと思うときがある。何年も会っていない奴ばかりだし、今や連絡先を知っているのも3分の1にも満たない。

僕に限らず、当時の部員誰もがもうそれぞれ繋がっていないと思う。みんな何の仕事をして、どこに住んでいるのだろうか。

同じ地域に住んでいるというだけで寄せ集められ、3年間を共に過ごした同世代の仲間たち。多感な思春期に蒸し暑い体育館の中で過ごしたあの時間は何だったんだろう。

今もみんながどこかの街でそれぞれの日常を生きていると思うと遥かな気持ちになる。地元以外の何処かですれ違っていてもきっとお互い気付かない。

ボールをいきなり投げつけられた時の突き指の痛さ覚えているかよ。
暑いからって理由だけで吹きかけ合ったコールドスプレーの冷たさとか。
ショートヘアが似合うアイドルみたいに可愛い女バスのあの子の綺麗なスリーポイントのフォームとか。

いつかまたみんなと再会する機会があって、当時の思い出をバカみたいに話す日が来るのなら、僕はそんな時間こそ、それまでの人生を生きてきた意味を実感する1日になる気がしている。

青春は、その最中(さなか)を生きている時よりも、思い出して語り合う時のほうがずっと豊かなのもしれない。

本当に下手くそだったけれど、いいチームだった。あの頃の自分は、余計な気負いや繕いもなく、ただ純粋に真っさらで、好きだったよ。

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