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終章:明かされない謎について

以上がショスタク博士によって書かれた文献・書物にあった刺胞動物および刺細胞の成立の背景にあったと期待される考えである。これまでの章を通して定まった進化の流れとしては、


① extrusion器官を持つバクテリア(詳細不明)

② 刺胞のない刺胞動物(Tricoplaxに似た上皮様生物か?)に侵入

③ バクテリアから刺胞動物の核(アメーバ細胞か?)へ遺伝子水平移動

④ 刺胞動物内のアメーバ細胞が刺細胞を生産可能に

⑤ 刺細胞の中で独立生活を営むものが出現(細胞の多様化も起こり得た?)

⑥ ミクソゾア門など刺細胞からなる単細胞生物の成立


となるだろうか。


最も類似した考えとして、第3章の使用文献にあった、Beth Okamuraの考えを取り上げる。彼女は、malacosporeanの一種の微細構造の解析を2002年に発表したのだが、malacosporan myxozoanの極性被膜は、刺胞動物とミクソゾア門それぞれに、真核の共生体が個別に共生した結果ではないか、と考えている。前者はnematoblastに、後者はcapsulogenic cellへ進化したのではないか、というのだ。博士の①に相当する過程が真核の共生体になっているのだ。


しかし、博士自身が研究しながら、明らかになっていない謎がまだあるのである。刺細胞の多様性についてである。博士以外の研究者も、刺胞動物の刺細胞には多くの種類があり、その形態に応じて異なる特殊な役割があることを知っている。獲物を刺すタイプ、防御に働くタイプ、消化を助けるタイプ、体を支えるタイプ、などである。この種類の豊富さは種の数と相関性があるわけではなく、分類にはほとんど貢献しないとされている。刺細胞の個々のタイプについては適切な日本語訳がなく、理解するには実際の文献の模式図を見るようにほかないのが残念だが、第4章の使用文献より、要所を述べる。


第3章に登場したatrichous isorhizaは、八放サンゴ亜綱および花虫綱で原始的とされている。しかし、atrichous isorhiza はmedusozoaにもあることから、一方が祖先型で一方がそこから派生したもの、ということではなく、それぞれがオリジナルだというのだ。刺胞動物内でも、持っている刺細胞の種類が単一のものがあれば、複数のものもあり、特定の種でしか分布のない刺細胞もあれば、大多数の種で持っている刺細胞もある。


実は、博士は過去に刺細胞の形態形質の解析に基づく継投の再構築を試みており、1995年のSymbiosis誌に発表した。わかったことは概ね前述の通りと理解して頂いて構わないが、刺細胞の起源として、このような考察をしていた。


・花虫綱の祖先の一部では、atrichous isorhizaを初めとする5種の刺細胞の由来となった生物の感染を受けている。

・medusozoaの祖先および花虫綱の祖先の一部では、前述の5種類の刺細胞の由来の生物に感染したものと、それ以外の4種類の刺細胞の由来の生物に感染したもの、の二通りが考えられる。

・ただし、花虫綱とヒドロ虫綱の共通点として、必ず持っていない刺細胞が4種類あることが、わかっている。


一体何がどうなっているのか、と言いたくなるような考察だが、刺細胞の形態や種類から入ると、何種類のバクテリアあるいは真核生物がどのような刺胞動物の祖先に感染し、どの程度の遺伝子水平移動が起き、ミクソゾア門のどの種がどの共生生物に関連があるのか、という問いの答えは、剪定された庭木のようなわかりやすいものではなく、一本の巨大な樹木にヤドリギや蔦が無尽蔵に絡みついた、鬱蒼と茂った巨大な藪に違いない、という想像はしておきたい。


使用文献

Symbiogenetic Origins of Cnidarian Cnidocysts Stanely Shostakら著 Symbiosis, 19 (1995) 1-29

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