1999年という遠い昔に修得しようとしてできなかった、多細胞体制への進化の仮説について

2000年のJOURNAL OF EXPERIMENTAL ZOOLOGY (MOL DEV EVOL) 誌288号に掲載された、Maximal Indirect Development, Set-Aside Cells, and Levels of Selectionという論題で私が書き残していた落書きを、断捨離の過程で見つけたので、掲載する。



https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/1097-010X(20000815)288:2%3C99::AID-JEZ2%3E3.0.CO;2-R


非公式の卒業論文に組み入れることができるか思考を巡らしたが、ついにできなかったので、そうすることにした。年老いても力は養われず、何とも悔しいが、そうするしかないので、掲載する。


単細胞動物から海生の左右相称後生動物(bilateralian metazoan)へと進化した背景には、以下の変遷(I➡II➡III)があったと考えられている。

Ⅰ.群体生活から多細胞体制への以降

 ・群体を作る動物            

クラミドモナス…ボルボックス       

  立襟鞭毛虫…海綿動物     

・多細胞体制と単細胞の中間 

  細胞性粘菌:アメーバが集合して多細胞体として行動する。

Ⅱ.温存された細胞(set-aside cell

・ 成体特有の構造を作り上げる機能を持つ未分化細胞

・ ウニの変態において、原基から成体器官が形成される時、分裂・分化して働く。

・ ゴカイの体節形成においても機能している。卵割期には4d割球に存在している。


Ⅲ.生殖細胞(germ-cell)

・ 生命の連続性を担う、生殖専門の未分化細胞

・ 温存された細胞の確立後、体細胞との系列分岐が生じたと考えられている。


また、左右相称後生動物には共通して存在する発生システムがあり、これをmaximal indirect development(ここではMIDと略したい)という。その特徴とは、

・ TypeⅠ胚発生(TypeⅠ embryogenesis)を行う。具体的には、

◇ 少ない細胞数及び卵割で発生を進行する

◇ 卵形成時に最初の軸が形成され、受精後に第二の軸が形成される。

◇ モザイク性で個々の細胞の発生運命は原腸期までに決定される。

◇ founder cellによる誘導作用もある。

このシステムは昆虫を除く無脊椎動物及び棘皮動物で該当する。


 ・成体とは形の類似していない小型の幼生になり、原基を用いた変態を経て成体となる。(ウニのプルテウス幼生、ゴカイのトロコフォア幼生。ホヤのオタマジャクシ幼生や甲殻類のノープリウス幼生と比べて中枢神経系や多層の中胚葉及びHox遺伝子の発現が見られないため、前者はprimary larvae、後者はsecondary larvaeと呼ばれる)


本論文では、MIDと温存された細胞は捕食性以外の要因で進化したか、つまり幼生の形態が最初に完成して、そこから成体の多様性が起ったか、それともそうではないのか?についてMichodらによる淘汰の段階(level of selection)という集団遺伝学的な見方も取り入れて考えていく。


1.Davidson

①幼生の位置付けについて

現在の左右相称後生動物にはMIDが保存されており、進化によってそのプロセスに変更はあるものの、現在では幼生過程として存在しているのではないか、と考えた。


②淘汰の段階からMIDを考察

・ 細胞が移動する前にその細胞の発生運命を決定する

・ 細胞系列において分岐回数は少なめにする

という特性は、都合の悪い変異によって多細胞の統制が壊れないようにしている、と考えられる。


③淘汰の段階から群体から多細胞体制への移行を考察

 群体の状態から細胞間でそれぞれの細胞系列の主導権をめぐる競争が起こり、この結果海綿動物・刺胞動物が生じた。


 さらに、細胞分化におけるモザイク性→調節能への進化をめぐる競争を経て、原腸胚~嚢胚のような体制が完成し、現在の左右相称動物の原型になるような成体ができたのだろう(この間に、TypeⅠ胚発生にも変更はあった)。しかし、この成体構造を作るには、繰り返し複製でき、様々な形態・器官を持った大型の成体を構築できる未分化細胞(=温存された細胞を指す)における、転写パターンの一次的変化が不可欠だったのではないか。


2.Ransick

○生殖系列について

 MIDの発生様式を持つ現在の後生動物では、生殖系列は胚-幼生の発生完了後にできる。幼生では生殖細胞は完全に分化されず、成体となって分化されるため、温存された細胞に由来するものとされる。

(Ransickは、16細胞期のウニの小割球を除去しても、正常に発生が進行し且つ生殖系列が失われなかったことから、原基の胚発生後の発生で生殖細胞系列は生じると考えた)

 温存された細胞と生殖細胞との系列の分化が、多細胞動物への進化に貢献しているのではないか。


3.Michod

① 多細胞体制への進化:集団遺伝学的に何が必要か?

 単細胞から多細胞体制へと進化していくには、発生過程中の淘汰と変異が個体内レベルにおいて適応の多様化をもたらし、それらを制御する変更遺伝子(modifier locus)も進化するプロセスがある、と考えた。

(本論文では変更遺伝子の具体的なイメージが難しい。2000年のHeredity誌9月8日号掲載の総説では、生殖細胞の増殖の制御、自己複製の制御、細胞死の制御、をあげている)


② Michodモデル(群体→多細胞体制+温存された細胞への進化)

t:発生に使う時間 b:体細胞の複製に協力しない利益

 この2つをパラメーターとして考える。これらの値が、

◇ 小さい…有利な変異は起こりにくいが、不利な変異も起こりにくいため、協調的な細胞間相互作用が起こり、多細胞化して栄える。

◇ 大きい…有利な変異は起こりやすいが、不利な変異も起こりやすいため、細胞間での競争的な相互作用が起こりやすくなり、死ぬ可能性が高くなる。


 t・b値の増大は、温存された細胞の多分化能と十分な運動能によってもたらされる。その結果、β値(進化に向けた細胞間の協調の程度:ここでは成体構築に向けた)が多いに上昇する。


③ Michodモデル(生殖細胞の系列の確立への進化)

 体細胞と生殖細胞は発生初期に分かれるため、個体内で体細胞とは異なる変異と淘汰圧のパラメーターが、生殖細胞の前駆細胞に生じる。ほとんど分裂せず、変異率も体細胞とは異なる。この細胞も、t・b値が大きいと進化しやすくなる。


4. 結論

 左右相称動物はMIDと温存された細胞を原初から持っており、捕食能のある幼生は後で生じたと考えられる。幼生よりもサイズの巨大化が現在の左右相称後生動物への進化において優先されたのではないだろうか。

(Michodのモデルにこだわって言い換えると…発生に使う時間が長くなるほど、生物個体のサイズは大きくなり、それを構成する細胞数も多くなる。細胞の数が多いから、その分変異も起こりやすくなり、競争・淘汰を経てさらに高等な動物へと進化する。進化の結果獲得できた形態は幼生ではなく、成体のような形をした動物であったのだろう)



実際、集団遺伝学やゲーム理論など数学を駆使した理論については、紋様のパターン形成やがん細胞増殖などで見かけたことはあるが、今日も、特に、個人的に興味のある生態進化発生学の関連においては、出会えたことがない。それは私の無知によるものかもしれない。この論文は2021年8月現在、引用件数は20件であるが、純粋な引用に留まり、批判的な分析はされていないようである。

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