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備忘録:刺胞動物と渦鞭毛虫が持つ刺細胞の起源と進化を巡って

2021年に敢行された書籍Origin and Evolution of Metazoan Cell TypesにConvergent Evolution of Animal-Like Organelles across the Tree of Eukaryotesという一章がある。私は、この章のみ偶然にも拝読する機会を得た。この章では、刺胞動物と渦鞭毛虫の刺細胞が互いに相同性を持つのは収斂進化による旨の考察がされているが、非公式の卒業論文《裏》で述べてきたショスタク博士の共生進化仮説に関して論じている箇所があり、興味を持ったので、以下に取り上げたい。


渦鞭毛虫の刺胞動物における刺細胞の類似は、各々が共通の祖先を持つか、遺伝子水平移動による刺細胞のみの伝搬を示唆する見解がある(1993年の博士の論文と2008年の別の研究者による論文を引用。後述)。しかし、最近の比較ゲノム解析では、刺胞動物における刺細胞独自の遺伝子に原生動物由来のものがあるという証拠は見つかっていない。唯一あった後生動物以外に由来する遺伝子は、pgsAAという浸透圧を作り出すポリガンマグルタミンの生合成に関する遺伝子のみであり、これが最近から遺伝子水平移動によって伝わったとされる。ただし、pgsAAが棘を生む原生動物に由来するのか、棘の発射を生み出すのか、についてはわかっていない(2008年の報告を引用。後述)。


ショスタク博士の1993年の論文の詳細については、過去記事(以下リンク先)に譲るが、共生進化を支持すると思われる2008年の総説については興味が沸き、入手した。


『第1章:1990年代~今世紀初めの文献より』1993年のBioSystems誌において、博士は刺胞動物と刺胞について、大胆な仮説を披露した。そのために、仮説が信頼しうることを示すべく、根拠となった知見を…

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書籍Evolutionary Biology from Concept to Applicationの一章The Search for the Origin of Cnidarian Nematocysts in Dinoflagellatesである。日本人の研究チームにより書かれた総説になるようだが、博士がほとんど取り上げなかった樽形の渦鞭毛虫Polykrikosを対象としている。この中で、刺細胞の遺伝子解析と共生進化に関する考察の文章を取り上げたい。


データベースで見つかった刺細胞のタンパク質の1/3において、後生動物よりもプロテオバクテリア・植物・原生動物に近縁のものが、数個見つかった。Hydraの刺細胞で2007年に報告された新規酵素はプロテオバクテリアの酵素に相同性が見られた。また、カルシウム結合タンパク質が該当したが、Trypanosomaかplasmodium以外の生物では相同性は見当たらなかった。刺胞動物の刺細胞の一部分においては、祖先を起源としたものなのかもしれない。


Hydraでは、他の後生動物にはない細胞骨格minicollagenが刺細胞に特異的な遺伝子として見つかった他、刺細胞の外壁に関する遺伝子としてNOWAが、刺細胞の棘およびoperculum(蓋のような部分を指す)に関する遺伝子としてspinalinが見つかったが、3つともN末端にシグナルペプチドの短い配列があったため、小胞体・ゴルジ機装置で加工されて所定の場所へ運搬されてくるのだろうと思われる。


研究チームは、刺細胞が、Polykrikosと刺胞動物では外部構造や棘の発射メカニズムが類似していることから、共通の起源を持つとしており、刺細胞が他の動物ではほぼ見られなくなった原因として、以下の3通りの考察をしている。


① 大部分の刺細胞独自の遺伝子は、刺胞動物と他の動物の間で多様化してから失われた。

② これらの遺伝子が、原生生物界から刺胞動物の系統に垂直に移動した。

③ これらの遺伝子が、共生関係を通して刺胞動物に伝わった。


そして、渦鞭毛虫Symbiodiniumが珊瑚・ウミユリ・クラゲの共生生物として知られていること、および、Hydraの中にはクロレラを体内に共生させたグリーンヒドラとして生きる種がいるが、これらが他のヒドラよりも原始的とされている知見を列挙している。

更に、博士の1993年の論文の要点として、刺胞動物はヒドラの上皮細胞が真核生物に由来し、腸・刺細胞・神経は原生動物に由来することを述べ、しかしながら、2004年にはHydractiniaにおいて、刺細胞のみならず神経・腺・生殖・上皮細胞のいずれにも分化できる全能性の細胞があるとの報告があったこともあげ、ヒドロ細胞の単一起源を示唆するものと述べている。

最後に、これまで列挙した知見を総合して、おそらくは、刺胞動物の祖先的な刺細胞は、刺細胞のような機関を含む渦鞭毛虫との共生によって生じたが、この器官は多くの遺伝子を捨て去り、核ゲノムのサイズと刺胞動物の細胞型を満たすに至ったのだろう、と考察している。


唯一の後生動物以外に由来する遺伝子として報告のあるpgsAAについては、2008年のCurrent Biology誌にわずか2ページで掲載されていたのを見つけ、入手した。これによると、ヒドロ中の一種Clytia hemisphaericaでこの遺伝子が刺細胞において、棘細胞特異的なマーカーであるminicollagen3-4aと共に発現していたというのである。また、系統解析により、つぎはぎのような広がりのある他系統であること、天然の5個以上のプラスミド内

でこの遺伝子が見つかったこと、また、刺胞動物以外の真核生物においては終止コドンを含むイントロンの存在があることから、pgsAAは移動性のある遺伝子であり、遺伝子水平移動で細菌から真核生物へ広まったのではないか、と考察している。著者らは、pgsAAが刺細胞における何らかの改善に関与したのではないかと考えている。


ショスタク博士の共生進化仮説においては、1993年の文献ばかりが取り上げられるが、2015年に博士は、以下のプロセスを考えていることは過去記事で述べた通りである。


① extrusion器官を持つバクテリア(詳細不明)

② 刺胞のない刺胞動物(Tricoplaxに似た上皮様生物か?)に侵入

③ バクテリアから刺胞動物の核(アメーバ細胞か?)へ遺伝子水平移動

④ 刺胞動物内のアメーバ細胞が刺細胞を生産可能に

⑤ 刺細胞の中で独立生活を営むものが出現(細胞の多様化も起こり得た?)

⑥ ミクソゾア門など刺細胞からなる単細胞生物の成立



『終章:明かされない謎について』以上がショスタク博士によって書かれた文献・書物にあった刺胞動物および刺細胞の成立の背景にあったと期待される考えである。これまでの章を通して定まった進化の流れと…

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博士の仮説を支持する文献との出会いは正直嬉しかったし、遺伝子解析においても、証明には及ばないまでも精細な解析がされていることは伝わってきた。ただし、いずれも①~④の過程を調べているものであり、④~⑥について検討された報告を、私は知ることができなかった。ミクソゾア門の比較ゲノム解析を行った文献を見つけたが、他動物門由来の遺伝子の有無については、記載を見つけることができなかった。こちらについては参考文献としてあげたい。


使用文献

Convergent Evolution of Animal-Like Organelles across the Tree of Eukaryotes in Origin and Evolution of Metazoan Cell Type Greg S. Gavelisら著 p.27-46 CRC Press 2001

The Search for the Origin of Cnidarian Nematocysts in Dinoflagellates in Evolutionary Biology from Concept to Application Jung Shan Hwangら著p.135-154 Springer Link 2008

Horizontal gene transfer and the evolution of cnidarian stinging cells Elsa Denkerら著R858-R859 Current Biology Vol.18 No.18 2008


参考文献

A myxozoan genome reveals mosaic evolution in a parasitic cnidarian Qingxiang Guoら著 BMC Biology 20:51 2022

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