棘皮動物の祖先が有していた生活環に関する考察を拾い読んで

モスクワ州立大学の研究者が2022年のPaleontological Journal誌に発表した、棘皮動物の祖先の体制や形態に関する仮説の総説は、本論だけでも30ページはあり、データに基づく模式図も20点にのぼる、重厚なものだった。解剖学的に細かい点まで見逃さずに相称性や分節性や器官の位置の変更について仮説を組み立てていく手腕には、言葉が見つからない斬新さを感じたが、私自身の能力と時間が限られていることもあり、彼等が空想した、棘皮動物の祖先(装甲に覆われたウミウシのような外観が描かれ、これを見ているだけでも面白い)の生活環のみ、とりあげたい。ただし、これについても、各幼生の繊毛帯をはじめとした器官の相同性を吟味したものである。


棘皮動物の個体発生の進化には2種類のトレンドがある。一つは、ヒトデ・ウニ・クモヒトデに見られる、繊毛帯のある遊泳型幼生があり、これが底生の稚体に変身するが、変態中にはドリオラリアになることはない。もう一つは、現生のウミユリに見られる、樽形のドリオラリアが卵から放出される種類のものである。つまり、繊毛帯のある遊泳型幼生と、同じく繊毛帯のある哺育型幼生の2種類である。


根拠としては、以下の知見をあげたい。ウニやクモヒトデの中には、変態前に繊毛帯のある樽形の幼生段階をとるものがあるが、これは祖先の要請が樽形だった証拠と考えられる。また、ウミユリの哺育型のオーリクラリア幼生は、ナマコの同じくオーリクラリア幼生と似ており、両者の繊毛帯が連続したものから不連続な断片化したものになっていく発生過程もよく似ている。

本論文では、ウィリアムソン博士の幼生転移仮説の論文は引用されていないが、ドリオラリア幼生を原始的としている点は、博士の考えと偶然の一致が見られ、面白く思えた次第である。


ただし、幼生世代の起源については、成体としての棘皮動物の起源の考察に心血が注がれていたためか、考察がなされていなかったのは残念であった。しかし、本論文の最後に、ウミユリを例に、幼生世代から変態のために底生への固着が行われる発生段階には、Hox遺伝子群の大々的な発現の逆位があったのではないか、との考察が、今までのHox遺伝子発現の知見を基に考えている点は興味深かった。遺伝子のヘテロクロニーが発生様式に影響を与えたのではないか、という考察を、ここ数年で様々な論文から触れる機会もあったので、私自身も、理解できない箇所は多くありながらも、心に残る知見となった。


参考までに、棘皮動物の幼生転移に関する過去記事を載せたい。


『第3章:棘皮動物の幼生転移』<ウニの変態-棘皮動物の幼生転移->棘皮動物のウニは、高校生物の資料集に発生過程が写真付きで詳細に説明されているが、棘皮動物では、幼生から稚体になるときの変態…

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『ナマコの個体発生における巨大化と小型化、および、成体の未解明な「オーリクラリア幼生」について』間接発生の発生様式をとる棘皮動物のナマコの個体発生は、卵→オーリクラリア幼生→ドリオラリア幼生→ペンタクツラ幼生→稚体→成体、の順序で進行する。本川達夫博士の…

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使用文献

Origin of Echinodermata O.V.Ezhovaら著 Paleontological Journal Vol.56, No.8 pp.938-973 2022

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