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保育従事者の社会的地位はなぜ向上しないのか

保育従事者とは、ここでは幼稚園教諭、保育士、認定こども園に勤める保育教諭と定義する。

保育従事者の現在地

保育従事者は、かねてより社会的地位があまり高くないとされてきた。
一般的なその他の職種に比べて、賃金が低いという印象が強すぎるというのもあるだろう。(徐々に改善されつつあるが、まだ十分とは言えない)

近年、特にコロナ禍においては、医療従事者同様、保育従事者が社会においてどれだけ必要な存在か注目されるようになってきた。
某男性タレントが保育士資格を取得するなど、インフルエンサーによる影響も決して小さくはない。

それでもまだまだ、保育従事者の社会的地位が向上したと実感できる場面は少ない。
いや、ほとんど無いと言っていい。
これは、日本という国の歴史や慣習による影響が根強く残っているからである。

男性優位社会の影響

男性優位社会の中で、男は外で仕事をし、女は家庭のことを行ってきた。
給料が発生しない仕事は仕事とはみなさない。
だから、家事育児は仕事とは言えない。
お金を稼いでくる男の方が、社会的に偉いのだ。
そんなねじ曲がった考えが当たり前のように存在することとなった。

「子どもの世話をする」ということは、本来家庭で母親が行なう事であり、そこには金銭は発生しない。
だから「保育」という子どもを相手にする仕事も、金銭を支給することに、いまだ抵抗を持たれているのである。

男女共同参画社会が叫ばれ、女性の社会進出も目立つようになった。
だが、その大きな社会のうねりは、保育業界にはあまり影響を及ぼさなかった。
当然だ。保育の仕事はずっと女性が中心にいたからだ。
もともと存在しているものに、人は注目しない。

男性優位社会の影響は、思っていた以上に根深かった。
男の人に女性が意見をすることは、非常に勇気のいることである。
それは、社会の影響だけでなく、動物としての本能もあるかもしれない。
とにかく、家庭においても、保育という職業においても、状況を正そうという大きな声を挙げる動きは見られなかった。
いや、小さな動きはあったかもしれない。
しかしそれは、いとも簡単につぶされ、世の中を動かすほどの大きさにはなりえなかった。

男性保育者の立場

そんな保育業界において、男性がいなかったわけではない。
だが、男性優位社会における男性保育者というのは、牙の抜けた虎のような扱いを受けることが多かった。
低いステージに降りた、というような捉えられ方をしてきたのである。
志高くこの世界に飛び込んで、現実を知り打ち砕かれていった同志は数知れない。

とにかくこの男性優位社会のという構造が、長い間、保育の地位の向上を阻んできた。
夏場の雑草のように、摘んでも刈ってもすぐに伸びてきてしまう。
やがて疲れ果て、諦める。

今の保育者はみんな、草の根の間で頑張っているのだ。
自分の身の回りの雑草を一生懸命刈りながら。

変わるなら、今

今、社会は大きく変わりつつある。
保育の価値は見直され、処遇も改善されつつある。
SNSで誰でも声を挙げやすくなったという環境の変化も大きい。

男性保育者も、自らの存在を堂々と誇示できるようになってきた。
だが、現状は、いまだ不安定なままだ。
昔に戻る可能性もあるし、さらに社会的地位を高められる可能性もある。

私自身、20年以上この業界に身を置いて、ようやく自らの考えを外部に発信しようという気になった。
このままではいけない、という思い。
思っているだけで改善できない歯痒さ。
そこに訪れた社会の構造変化。
今動き出さなければ、という使命感。

保育従事者の価値を高められるのは、保育従事者だけだ。
保育という素晴らしい仕事。
そこに従事できるという誇り。

一人でも多くの同志が、同じように声を挙げていくことで、
保育従事者の社会的地位の向上につなげたい。


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