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『豆腐屋の四季』を読んで

作歌と投稿という関係には確かに危険なゆがみがある。作歌そのものこそ目的であるべきなのに、いつしか入選が目的となってくる。この六年間の絶えざる私の闘いは、そんなゆがみに落ちまいとすることだった。だが正直にいって私はその闘いにしばしば敗れた。それでもなお朝日歌壇への投稿を続けるのは、その選歌のきびしさに魅かれるからだ。ボツの痛棒をしたたかに受けるたびに、私は歌について真剣に反省する機会を突きつけられる。ただひとりで手帖に作歌していくだけでは、たぶんいつしか安易になっていくだろう作歌が、絶えずこうして厳しくひきしめられる。

松下竜一『豆腐屋の四季 ある青春の記録』(2009)

つい何日か前に平日の毎日投稿を始めたに過ぎないのに、その数日間の♡の数にもう一喜一憂していたところ、読んでいた本の中にタイミングよく出現した文章だ。

1937年生まれの松下竜一は、実家の豆腐屋稼業を担いながら、その清廉な生活の様を詠んだ歌を朝日歌壇に投稿し、数々の歌で入選。結婚式の引き出物としてつくった小歌集『相聞』について妻が新聞投稿したところ、話題沸騰となり一時マスコミにひっぱりだことなる。豆腐屋として過ごす日常を綴った随筆・歌集『豆腐屋の四季』を刊行し、テレビドラマ化されベストセラーとなった後は、生活のため自身の虚弱な肉体に鞭を打って続けてきた豆腐屋を閉め、作家として生きた。

毎日図書館に通って読書ばかりしているのではなく、別の作業をする時間を作りたいと思い文章を書き始めた。毎日ストレッチはしているが、読書をする姿勢を一日中続けていると、猫背と巻き型で骨格がひん曲がりそうな気がした。せっかくなら、したためた文章をPCのローカルフォルダに保管するだけでなく、noteに投稿しようと考えたのがわたしの平日毎日投稿の発端である。紛れもなく、作文の行為そのものこそが目的なのである。

しかし、noteには筆者へのポジティブなフィードバックとして「スキ」をつける機能がある。これまでのところでも、ありがたいことにわたしの文章に辿り着き、2500字あまりを読んで、ハートを押してくれた人が何人もいる。そうなると、作文自体よりもハートの数が気になるというゆがみに落ちてしまうのは簡単だった。

ゆがみに落ちることで、ハートの数が得られなければ、やる気がでない、毎日投稿を行うための気力が削がれてしまう。前日に投稿した記事のハートがいつにも増して少ないと、ああこんなことなら辞めてしまいたい、という気持ちがその日のうちに幾度も浮かぶ。それでも先日読んだ本に、丁度よくも私を叱咤する文章があったことを思い出し、なるべくニュートラルな気持ちで淡々とキーボードを打つ。そう、これは作業なのだから。

noteの投稿で「スキ」の数を気にするということは、そもそもその記事が必ず誰かに読まれるわけではないという点で、歌壇に投稿するよりもきびしいかもしれない。フォローしてもらわない限り、検索をしてもらってやっと記事のタイトルが目に入るので、本屋の書棚に自分の本を1冊忍び込ませるよりも打率は低いかもしれない。

だからこそ多くの人の目に触れるような工夫が必要であろう。あと、最後まで読んでもらえるような文章構成も。長すぎる文章もたぶんだめ。すべて今のわたしが非常に無頓着なところである。文庫でエッセイを読みまくってきた私の頭の中は、まだnoteのフォーマットに適した書き方をしていない。文庫本のイメージでしかやっていない。

せっかく読んでいただけるならいいものを、と思う気持ちはあるので、それはどこかには置いたままにする。その気持ちをおくことで、ひとり手帖に書くのよりも、よりよい文章を目指すことができる。でもわたしの本義は、会社に戻るために毎日図書館に通って何らかの作業をすることであり、noteへの投稿というのはあくまで本線ではないのである。支線の先でハートがたくさんもらえないからといって、文章を書くのをやめてしまっては、また読書地獄。結局身体中がいたくなって、つらいのは自分なのだから。

よりよいものを目指しながら、毎日の作文を淡々とできるようになったならば、どうやったら多くの人の目に入るか、最後まで読んでもらえるかを考えても良いだろう。けれども、その試行錯誤の結果を見てまたゆがみに落ちていくことのないように、精一杯留意しなければならない。また、たとえゆがみに落ちても、戻ってくることを肝に銘じて、書く。前日分のハートの数を確かめたならば、気をきをひきしめて書く、それだけだ。


『豆腐屋の四季』を読んでいると豆腐が食べたくなるが、スーパーに行っても「マスプロ」の豆腐しか買えないのは残念である。近所にも豆腐屋はない。筆者は作中で、機械化された大量生産の豆腐の隆盛に危機感を抱いているが、時代が進んで、ほんとに豆腐屋はなくなってしまったんだなと思う。


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