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「ヴェネツィアの家族」

 憧れの大先輩、なんて言うと、年齢はほとんど変わらないから、ご本人に怒られちゃうかもしれない。辻田希世子さん、初めてその人の名前を知ったのは、航空会社の会員誌だった。旅先の知られざる名品、おすすめのお土産を紹介するような、といって宣伝やガイドブックとは違ったちょっとしたエッセイで、母がそのページを切り取って、当時ヴェネツィアに暮らして私に送ってくれたり、取っておいてくれたりした。
 「ヴェネツィアに住んでいる方のようだけど、知り合い? いつも、文章が何ともステキなのよ。」うん、確かに。紹介されている中身もさすがにセンスがいいし、さりげなく落ち着いた、きれいな文章だと思った。当時の私は、そのうち、ヴェネツィアから何か発信するような仕事ができたらいいな、と思っていた。だから、そのまま、憧れた。どんな方なのか、ずいぶん年上の方だろうか、それとも、うんと若くてシャープな方なのか・・・。
 そのうち、微妙に仕事が重なるようになり、あちらこちらで名前を聞くようになった。狭いヴェネツィア、直接面識がない、というとびっくりされることもあった。いつかお目にかかれたらいいなあと期待しつつ、ヴェネツィアではとうとう、その機会がなかった。

 初めてお目にかかったのは東京で。その何年も前に帰国され、全く別の仕事をされていた希世子さんに、こちらもヴェネツィアを引き上げて日本に帰った私は、これからどうしたら良いのか、友人のつてを頼って連絡し、半ば強引に押しかけで人生相談に伺ったのだった。

 それから紆余曲折の末に、ほぼ偶然ながら、場所は違えど似たような環境で仕事をすることになり、ローマに発つ前に私は再び、希世子さんに連絡をした。そしてその時に頂いたシンプルなアドヴァイスが、実は、ここへきてからずっと、日々、心の中で生きている。

 そんな憧れで大恩人の辻田希世子さんの、ほぼ2年にわたりオンラインで公開されていたエッセイが、「ヴェネツィアの家族」というタイトルで一冊の本になった。ヴェネツィアでのマジカルな出会いと結婚生活、義理のご家族とお子さんのこと、ヴェネツィアの友人や仕事のこと、そして日本への帰国とその後・・・。
 ああ、なぜ私にはそのマジカルな出会いが起こらなかったのか?・・・は、さておき、ヴェネツィアならではの独特の暮らしをしみじみと懐かしく読み、個性的な、唯一無二の希世子さんの人生の物語に引き込まれながら、と同時に、ああこれは、20代から50代を日々、迷い模索し、家族や周囲と時には戦いながら生きてきた1人の女性の普遍的な物語なのかもしれない、と思うにいたった。きっと誰もが、共感したり、はっとしたりするのだろうと思った。
 しみじみと、美しい本。そしてやはり、また久しぶりにヴェネツィアの風にあたりに行きたくなった。

「ヴェネツィアの家族」
辻田希世子・著
社会評論社

30 lug 2024

#ヴェネツィア #イタリア #イタリアの暮らし #読書 #読書感想文 #夏の読書

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