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過去を捨てた女達 9 いじめられた記憶



人は、いじめた記憶より、いじめられた記憶のほうが残像に残りやすい。

佐和子は、いじめられた記憶がたくさんあるが、一番小さい頃に受けた記憶が今でも鮮烈に覚えている。保育園にいたときに、蕎麦屋のゆみちゃんといういじめっ子がいた。

おままごとをすると、ペットか赤ちゃんの役しか与えてくれず、嫌な思いをしていた。それでも佐和子には、みっちゃんという一応助けてくれるヒーロー的な男の子がおり、いつもみっちゃん達と遊ぶ楽しい記憶もかすかに残っている。ゴレンジャーゴッコなど、ヒーロー戦隊ものにはからり出されていた。今良い風に記憶を改ざんすれば、きっと蕎麦屋のゆみちゃんは、自分に嫉妬していたのかもしれない。本当はピンクレンジャーになりたかったのかもしれない。

ただ小さい時の佐和子にとって、そんな事などは思いつかず、ゆみちゃんと遊ぶといじめられるという悪循環しかなかった。

そして、今だと大問題になる事件が勃発した。
佐和子は、ある日外の遊具のタイヤの中に閉じ込
められたのだ。ゆみちゃんだけではなく、きっと何人もこのタイヤ閉じ込め作戦に協力した子はいたのかもしれない。どんどんタイヤが高くなるに連れて、絶望と諦めをもうこの2.3歳で感じてしまったのかもしれない。怖くて泣いていたのか、どうしていたのかあまり記憶にないが、お散歩にいこうとした保育士さんが気づき、保育士さんに救いあげられた記憶は残っている。

一番最初の保育園ではなく、二番目の保育園で環境も全く違う環境の保育園だったからと、母は言っていた。生まれた頃の保育園では、我が強く、気が強い一面のほうが目立っていたらしい。
あまりにも環境が変わり、大人しく泣き虫な佐和子が出来上がったのは、二番目の保育園だった。

そんな小さな記憶を今でも持っている。
いや大人になってからも、いじめられる事があると、そのタイヤの中に閉じ込められた記憶が蘇る。でも、やはり我が強い面もあるから、大人になると巻き返しみたいな事や、相手を挑発する強さもあった。

もう、いじめられる事じたいなくなり、そんな世界にいた事さえ忘れてしまうが、そんな記憶も捨てたい過去の一つなのかもしれない。

バーテンダーが、梅酒のロックを佐和子に持ってきてくれた。小さい頃、この梅酒を食べて酔っ払った記憶がある。きっと幼心に忘れたい記憶もあったのかもしれない。

そう思うと、佐和子の中にあるインナーチャイルドがなんとなく癒されていくのがわかってきた。
小さな自分も、結構辛かったのねと。

梅酒の梅を一口かじり、そのアルコールに浸かった梅の味の余韻を静かに味わった。

梅酒の梅の種を空いたグラスいれ、佐和子は、なんだか満足した気分になり、未来へという扉を開けていた。

黒猫がそこにお出迎えしてくれていた。

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