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秋の夜長にオススメ、大正ミステリー【#読書感想文】

これから涼しくなるであろう秋の夜長に、ぜひ読んでいただきたい作品と出会ったので紹介します!

永嶋恵美・著『檜垣澤家の炎上』です。


時代は、大正。物語の舞台は横濱である。

主人公・かな子は、幼くして母を亡くし、横濱の貿易商で大富豪の檜垣澤家に引き取られた。
亡き母は、当主・要吉の妾だったのである。

檜垣澤家では要吉の本妻・スヱが、経営手腕を発揮し、"大奥様"と恐れられ一族に君臨していた。

檜垣澤の家に男は要らない。

P39

そう言われる檜垣澤家は、腹の底が見えないスヱやスヱの娘・花、花の娘で、かな子のことを利用したり可愛がったりと気まぐれな、郁乃、珠代、雪江という美しい三姉妹がいる、典型的な女系家族であった。
そんな一族に引き取られたかな子は、大勢の使用人たちがいるにも関わらず、病床の父・要吉を看護するための体のいい女中として扱われる。


…えっ、いきなり過酷なんですけど。
そんな苦労するシチュエーションの話、読みたくないっ。
そう思う方がいるかも知れない。

でも相手の機嫌を損ねたら、いつ放逐されるかわからないヒリヒリする環境の中、頼れるのは自分だけという状況で、かな子は相手に合わせて立ち居ふるまいをし、盗み聞きや知恵を尽くして、したたかにたくましく、のしあがっていくのでした。

ただ虐げられるだけのヒロインじゃないのがイイ!

『人には三つの色がある。顔色、声色、腹の色。どの色を見るかで、その人の見え方は変わってくる。覚えておおき』
(中略)優しい顔に気を許してはいけない。甘い言葉に騙されてはいけない。腹の底が黒いか白いか、よくよく見極めなければいけない・・・・・・。

P22

売れっ子芸者だった亡き母の教えが、一筋縄ではいかない曲者揃いの家の中で役に立つ。


最近ね、溺愛されるヒロインの話が多いなぁって思っていたんです。虐げられていたヒロインが、密かに隠し持っていた力を王子様的な男性に見出だされて寵愛されたり、周囲からも一目おかれたりっていうお話。
うん、そういう話も嫌いじゃないです。
安心して読めるし。

でもなんだろう。
人生の酸いも甘いも味わってしまうと、もっと自分の力で人生を切り開いていく作品を読みたい!
そんな気分にピッタリの小説でした。

いつしか成長し、思考を重ねて、あの恐ろしいスヱとも駆け引きできるようになり、己の進みたい道を勝ち取っていくかな子。
彼女の姿が、実に痛快に感じます。

「失礼いたしました。小娘の戯れ言、お忘れくださいませ」
(中略)ひとつ掴んだ、と思った。スヱの弱みにつながる何か。今はまだ定かではないけれども、ここから突き詰めていけば、きっとその何かにつながっていく。

P406


かな子の成長だけでなく。
誰にも打ち解けられないかな子が、唯一心を開いた東泉院暁子。

ピンチの時に居合わせたり、事あるごとにかな子を翻弄する謎の軍医・西村。

学生生活を彩ってくれる友情や、それって恋なんじゃないの?という登場人物たちが、かな子の人生に交差する。

あと、忘れてならないのが、一族の中で起こった殺人事件の真相や、散りばめられた謎の数々。
最後まで読むと、そうだったのか、全部つながっていたのね!と衝撃が走る。

いろんなエッセンスが含まれて、この長い長い物語は、いったいかな子と読者をどこに連れて行くのだろうと、夢中になって読んだ。

書評では、『細雪』とか『華麗なる一族』とか『レベッカ』を彷彿させるという記事を見かけたけれど。

私は、明治の終わりに夢を抱いて自ら大陸を渡ったヒロインが魅力的な小説、須賀しのぶ・著『芙蓉千里』が好きな方は、この作品も好きになれるんじゃないかと勝手に思っている。

和装とドレスが入り交じる大正時代が好きなあなた。
レトロなミステリーが好きなあなた。
もう受け身の溺愛ものは飽きたよ、芯のつよいヒロインの話が読みたい!というあなた。
この本に、全部詰まっています。

ぜひこの本を手に取ってみてほしい。
秋の夜長に、きっと夢中になれる読書体験ができるはずです。

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