見出し画像

介護は孤独だと感じているあなたに【#ミステリー小説が好き】

「昔と雰囲気、変わったね~」
久々に再会したかつての同僚に、こう言われた。

彼女と知り合った頃、私は母がもう治らない病気だと知った。彼女が県外に嫁ぐことになって職場を去った時には、私は介護や病院通いに明け暮れていた。

その後、メールや年賀状のやりとりが細々続き、母が亡くなったことを知ると、「遅れてごめんね」と丁寧に書き添えた香典を送ってくれた。
ありがたい友である。

コロナ禍がようやくおさまり、数年ぶりに会った友は、
「昔は、ちょっとピリピリというか、張りつめたカンジがあったもんね」
と、当時の私を振り返った。

無理もない。
介護って、孤独だった。
家族やヘルパーさんが支えてくれてても、いつも不安で泣きたい気持ちをこらえてた。
そんな気持ちを抑えるために、精神的に尖っていたし。
気を紛らわせるために、働いていたようなものだ。
母が亡くなって、13年が過ぎた。


文庫になったら絶対読もうと決めていた1冊がある。
小西マサテル・著『名探偵のままでいて

表紙の女性の横顔が印象的すぎる。
もう、本が大好きなんだろうなと思わせてくれる。

どこで目にしたのだったか。
著者の父が幻覚が見える病、"レビー小体型認知症"を患った経験から、この作品の名探偵が生まれたという。
著者のミステリー好きと、こんな病気があることを世間の人に知ってもらいたいという思いで書いたのだとか。

時々考えることがある。
介護する側の人間とされる側の人間、どちらがつらいだろう、と。
私の母は認知症ではなかったけれど、何でもできた母が、知性はそのままに自由の利かない身体になっていくのは、さぞかしつらかったことだろう。

この作品の主人公は、小学校教師の
彼女の祖父は、かつて小学校の校長先生として周囲から慕われる存在だった。年老いた今、認知症を患い介護を受けている。
認知症といっても、その衰えは日によってさまざま。
調子のいい日は、楓が持ち込む謎を解き明かしてくれる存在なのだ。

「楓。煙草を一本くれないか」

この一言で謎を解く。
新しいタイプの安楽椅子探偵が登場する、連作短編集である。

介護される名探偵といっても、そこに悲壮感はない。
知的で上品な空気感が漂っている。

祖父の黒い瞳とその中の虹彩は硝子細工のように細やかであり、吸い込まれそうな深遠さに満ちていた。

 P30

なんでも、「名探偵はカッコよくないと」ってアドバイスを受けて、こんなステキな名探偵が生まれたらしい。

病気を患う名探偵って、ちょっと悲しい響きだけど、これがこんな優しいミステリーになるなんて思いもしなかった。

楓の周囲には、まっすぐ過ぎる性格の同僚・岩田先生がいて、その後輩の劇団員・ひねくれた物言いをする四季がいる。
親友の美咲や、やんちゃな生徒たち、明るいヘルパーさんたちがいて、彼女は、ひとりじゃない。

私にも見守ってくれている人がいると感じられて、かつて孤独だと感じていた自分を慰めてくれるような作品だった。

日常の謎系の連作だと思って読み進めると、ハラハラする展開が待っていて、事件解決後、改めて最初から読み直したくなる。

楓を巡る、爽やかな三角関係も今後どうなるのか。

ミステリーの名作の紹介も、ちょこちょこ入ってくるので、ガイド本としても読める。
とても読みやすい作品だと思う。

読むぞ!と決めていた作品が、期待どおりで嬉しくなった。既に次回作も刊行されている。
続きが楽しみである。

この記事が参加している募集

読書感想文

わたしの本棚

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?