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「バンドくらいの会社がいいな」と思っていた私が、それでも規模拡大を選んだ理由

バンドの生き方に憧れていた

小学5年生のときバンドを組んで以来、私はずっと「音楽で生きていきたいな」と思っていました。大学も日大の芸術学部を目指していて、浪人までしたくらいです。

いま思うと「音楽が好きだった」ということもあるんですが「バンドとして生きていく」ことに憧れがあったんでしょう。気の合う4、5人と寝食を共にして、みたいな生き方がしたかったんですよね。

中学とか高校も、ずーっと音楽しかやっていませんでした。

オリジナルを作ったりもしましたが、いわゆる「コピーバンド」。僕らの世代はボン・ジョヴィとか、あとGLAYが出てきたころだったので、ああいう邦楽のライブでウケそうなものばっかりやっていました。

もともとそんな感じだったので、私の中でも最初「会社をやる」というのもそういうイメージだったんですよね。つまり少数精鋭の気の合う仲間でワイワイやっていくイメージです。

ただ創業から10年が経って、少数精鋭の会社になっているかというと、そうはなっていません。2022年時点で社員数は200人を超えています。

「バンドみたいな会社がいい」「気の合う数人とやっていきたい」と思っていた私が、なぜ会社を大きくしようと思ったのか? 規模拡大を選んだのか? そこには理由がありました。

そして、大きな会社になって面白くないかというと、ぜんぜんそんなことはないんですよね。会社が小さかった頃と同じように使命感を持って楽しくやっています。

というわけで、今回は「会社を大きくする方向に舵を切った理由」、そして「会社が大きくなってもうまくいっている理由」についてお話ししてみたいと思います。

うちは世界を変えている「つもり」の会社なのか?

会社を大きくする方向に舵を切ったのは2016年のことです。

昔の友人に会ったとき、たまたま彼がこんなことを言ったんです。「社会を変えている会社と、社会を変えている"つもり"の会社は違うよね」

それはもちろん私に向けられた言葉ではなかったんですが、そのセリフを聞いたときに、ものすごく引っかかるものがありました。

起業した当時から「予防医療のインフラを作って社会を変えるんだ!」と言っていました。もちろんその思いはずっと変わっていないつもりでしたが、実際はいくつかの市で検診の受診率が上がり、その結果を論文にして発表して満足してしまっていたのも事実でした。

社会を変える「素地」は作っていると思っていたけれど「実際に社会を変えていたか」というと、そうはなっていなかったんです。冷静に考えて「キャンサースキャンのある日本」と「キャンサースキャンのない日本」を比較したとき何も変わっていないかもしれないーー。

そのとき、やっぱり「社会を変えているつもりの会社」じゃ意味がないな、と思いました。

私は改めて「キャンサースキャンは社会インフラとなるんだ」というのを打ち立てて、本気で社会を変えていく方向に舵を切ることにしたんです。

組織の規模を大きくする覚悟

世界にインパクトを与える事業を作りたい。ただ、そのためには組織の規模を拡大することが必要になりそうだ。

内心、組織の規模拡大にはけっこう覚悟が必要でした。私がやりたかった会社の理想像とは違っていたからです。

冒頭で言いましたが、「会社をやる」というのは「バンドをやる」イメージだったんです。組織の規模を大きくすることでバンド感が薄くなり、会社が面白くなくなるんじゃないか……。

たとえば、従業員が10人を超えると就業規則を作らないといけないんです。私は就業規則を作るのがものすごい嫌でした。「そんなん、いいじゃん。規則とかいらなくない?」とずっと言っていました。でも人が増えれば、法律だから作らなければいけない。

そこにまず抵抗があった。

だけど、一方でこうも思うわけです。

起業して7、8年が経ち、自分の中では「もう、この会社をたたむことはないだろうな」と。この会社を一生やっていくんだろう。そういうなかで「自分の一生をかけてやっていく仕事が、結果として世の中に何の役にも立たなかったら悲しいな」と思ったのです。

そう考えたときに、もはや「バンドみたいに働きたい」「家族みたいな組織がいい」とかそんなスタイルのことを言っている場合じゃないなと思いました。スタイルのことを言ってる場合じゃない。もうそんなことを言うような段階じゃないよな、と思ったんです。

人が増えるのはシンプルにうれしい

それに私は、人が好きで、社員が好きなんです。もともと後輩の面倒を見るのも好きだったりします。

だからすごく悔しかったのは、キャンサースキャンを知ってもらって「私、こういうことがやりたかったんです! 社員募集してないんですか?」という人がいたとき、泣く泣く断らなきゃいけなかったこと。当時は雇う余力がなかったんです。

せっかく興味を持ってもらって「入りたい」とまで言ってくれた人たちを断らざるを得ない。しかも「余力がない」とはカッコ悪くて言えないので、それっぽい理由をつけて断るわけです。それがすごい悔しかった。

「社会を変えたい」と思ってくれた人たちをちゃんと雇って、ちゃんとお給料を払ってハッピーに仕事してもらいたい。それができないことが、ものすごい悔しかったというのもあります。

やっぱり、仲間が増えることはシンプルにうれしいんです。

人が少しずつ増えていくにつれ、3人のバンドでも楽しかったけど20人のビッグバンドでも楽しいぞということにも気づいてきていました。私たちが演奏してるところに「僕、トランペットできるんですけど混ぜてもらえませんか?」って言われたら「おお、おいでおいで」っていう感じ。

数人のときも楽しかったけど、そこからいろんな人が来てくれて「この会社に入ってよかった」と言ってくれる人が増えるのは、やっぱりうれしいし、楽しいものなんですよね。

「大きい組織はつまんない」はバイアスだった

私もやっぱりバイアスがあったんだと思います。

それは「スケールすると面白くなくなる」というバイアスです。

小さい組織なら面白いことができるけど、大きくなると堅苦しくなって、つまんなくなる。この二項対立で考えてしまっていた。でも「いや、そうでもないぞ」というのに気づいていくわけです。

一般的には「大企業になるとつまんなくなる」というイメージがありますよね。でも私は「どうしてつまんなくなるんだろう?」っていうことを考えてみたんです。

「大きい会社=つまんない」じゃなくて、

「大きい会社=○○だから=つまんない」

という構図があるはずです。

この「○○」の部分を見い出すことができれば、そこを取り除いてあげればいいだけなんじゃないの、っていうことを考えたわけです。

「うちっぽくない人」は入れない

いま社員が200人を超えてくるなかで、みんなイキイキと楽しく働いてくれていて、雰囲気もすごくいいなと思っています。

どうしてそういう会社を作れているかと言えば、ひとつは採用基準の統一です。「うちっぽくない人、キャンサースキャンっぽくない人を採用するのはやめよう」っていう判定をしてるんですね。

たとえば「上場はいつ頃するんですか?」みたいなことを聞かれたりします。もちろんうちくらいのフェーズのところを受けに来る人がこういう質問をするのは自然ですし、別にそれだけでNGというわけではありません。

ただ、ものすごくそのへんにこだわられると「じゃあうちがもし上場しないという意思決定をしたら、辞めちゃうのかな?」とも思ってしまう。

うちは「社会貢献とビジネス、どちらも大切にしようね」ということで「ソーシャル&プロフィット」という価値基準を掲げているわけですが、採用をやっていると「プロフィット」の部分が出すぎていたり、逆に「ソーシャル」の部分が出すぎている人もいます。

「どうやって儲けるか?」ばかりに関心がある人もちょっと違いますし、一方で「私は社会貢献をビジネスとしてやっていくことに違和感があります」というのも、うちとは合わないのかなと思ってしまいます。

転職の理由が「スキルアップしたい」という人にも違和感があります。もちろん世の中に大きなインパクトを与える事業をした「結果として」、スキルアップすることはあります。

そこはやっぱり「社会貢献をビジネスで解決したい」「世の中により貢献していきたい」という人と、一緒に働きたいなと思うのです。

「助ける」カルチャーが自然にできていた

そういう採用を続けていたら、だんだんとカルチャーができてきました。うちのカルチャーで特徴的なのが「助ける」カルチャーです。

プロジェクトを進めていると、たまに人海戦術で乗り越えなきゃならない局面が生まれることがあるんですね。

たとえば4,000人にパンフレットを送んなきゃいけないんだけど、手違いで遅れが発生して、宛名チェック4,000人分を目視でやんなきゃいけない、とか。そういう場面が年に10件20件出るわけです。

そうすると全員が見てるSlackの「all」というチャンネルに「ヘルプお願いします」みたいなのが上がります。「こうこうこういう事情で、4,000人分の目視チェックが必要になりました。20人くらい必要なのですが、何月何日の何時から手伝えってもらえる人はスプレッドシートに名前書いてください!」という感じです。

すると、程なくしてパパパッと20人くらいが埋まるんです。

その20人のなかにはヘルプを求めた部署の人も当然いるんですが、それこそ法務とか人事とか、ぜんぜんその部署と関係ない人も手を挙げてたりする。

そこで私が不思議だなと思うのは、頼んだ方も「本当にありがとう!」「忙しいのに超ごめんね!」とかじゃないんです。手伝ったほうも「助けてあげたから、今度飯おごってね!」とかにはならない。

わりと当たり前のように始まって、当たり前のように終わる。担当者が「皆さん、ありがとう」ってSlackにコメントすると、みんなが「頑張ってね」と言って終わる程度です。それだけの話。そこはうちの会社の特にいいところだなと思います。

「困ってる人がいたら助けたい」っていう空気がある。これは社員が10人のときからそうだったし、200人近くになってきてもぜんぜん変わらない。そういうカルチャーが育ってるのはうちの誇れるところです。

ほんとにミッションを「使って」いる

組織がつまらなくならないのは「本気でミッションを達成しようとしているから」ということも大きいと思います。

「人と社会を健康に」というミッションだったり「ソーシャル&プロフィット」という価値観だったり。そういうことを「お飾り」にせずに、きちんと現場で使うようにしている。

今朝も、朝一のミーティングで「この事業は『人と社会を健康に』を実現するうえでも大切だから進めよう」といった話をしてきたところです。会議でもよく「ソーシャル&プロフィットの"プロフィット"部分はあるけど、"ソーシャル"部分は何だっけ?」という会話がよく出てきます。

そういうやりとりがあることでみんなが安心する、という面は大きいと思うんですね。「ああ、この会社の経営陣はミッション・ビジョン・バリューを単にお飾りにはしてないんだな」って。

ちゃんと普段の会話とか会議とかで「道具」のように使えるようにするのは大切なのだと思います。

「儲かるからやれ」と言ったことは一度もない

経営会議をやっていると「これって儲かりそうだよね」というアイデアはたまに出てくるんです。でも、あんまり前進しません。誰もやらない。「うーん、まあでもね……」といって終わるだけです。

一方で「これは儲かりそうもないけど、絶対世の中に必要だよね」というものに対しては「今、目の前では儲からないけど、いずれそれが自社の利益に帰ってくるようなモデルを設計しよう」という話になります。そこにみんな燃えるんですよね。

今は損していても、それを「投資」と捉え、最終的に「ビジネス」にする。単に損を出すのではなくて、それを「先行投資」にしようとする。

社会貢献とビジネスを両立させるーー。

それがうちの大切にしていることです。

社員のみんなが、やる意味を見出してないのに「いいからやろうよ、お金になるから」とは、私は今まで一度も言ったことはないはずです。

人が増えれば問題が増えるのは当たり前

規模拡大してもうまくいってるよ、というような話をしてきましたが、やっぱり200人もいれば「阿吽の呼吸」はもう通じません。

部署というものがあって、部署ごとにアジェンダがあるので「それだとちょっとうちが困るんですけど」みたいなのは当然出てきます。

全社会議とかで私がよく言うのは「組織が大きくなったらめんどくさくなるよ」と。でも、じゃあなんでめんどくささが増えるのに大きくしなきゃいけないのか、ということです。

人が増えれば、めんどくささは増える。それはたしかに比例します。

そのめんどくささをちょっとでも下げる努力はもちろんするのですが、それでも人を増やすのは、ひとえに「ミッションを成し遂げるため」なんです。

人が増えてケンカになるくらいだったら大きくなんなくたって別にいいじゃないか、という考えだってあるでしょう。でも、それでも、我々が人を増やすのは「人と社会を健康に」というミッションのインパクトを最大化するため。そのためには事業規模を大きくせざるを得ないし、そのためには人がたくさん必要なんです。

有名なアフリカのことわざに「早く行きたかったら1人で行け。遠くに行きたかったらみんなで行け」というものがあります。やっぱり遠くに行こうとすれば、1人で突っ走っても無理なんです。みんなで、肩組んで行こうぜ、っていうことですね。

人が増えれば、もちろん何かしらの問題は発生する。でも、そのデメリットを補って余りあるほどの大きなメリットがあるから、人を増やしていきたいと思っているわけです。

「健康のインフラ」というサグラダファミリア

2019年にサグラダファミリアを見てきました。

スペインにある偉大な大聖堂です。なぜ見に行ったかというと「自分が生きているあいだに完成しないもの」を作っていた大工さんの気持ちを、想像してみたくなったから。

実際に見に行ってみると、もう、黙々と作ってるわけですね。完成に向けてガチで作ってる。ただ正直、完成間近の大聖堂のレンガを積むのは、そんなに難しくないと思うんです。もう完成が見えているから。ミッションが明確だからです。

だからいちばん難しいのは、着工してまだそんなに時間が経っていないころだと思うんです。

サグラダファミリアの建築は、1882年にスタートしています。当初は完成までに300年以上もかかる計算でした。つまり、最初の土台作りをやっていた大工さんは「自分は完成した姿を見ることはできない」と知った状態で、レンガを積んでいたわけです。

自分が生きている間に完成することはない。工事が途中で止まるかもしれない。そんなときに「歴史に残る偉大な大聖堂を作るぞ!」と言ってレンガを積めるかというと、それはすごく難しいことだったんだと思います。

私たちの「人と社会を健康に」というミッションを考えると、そのインフラ構築はまだまだ始まったばっかりです。生きてるあいだに到達することは、まあないかもしれない。まさに大聖堂建設の初期段階なわけです。

そういう段階では個人のタスクが「ただのタスク」になりがちです。これが「人と社会を健康に」にどれだけ結びついてるかは見えにくい。

だから私も「これがきちんとミッションに繋がってるんだよ」「この先には偉大な大聖堂があるんだよ」ということを言い続けないといけないなと思っています。

組織は大きくなると、それにつれてさまざまな組織上の課題が生じます。それなのになぜ、わざわざ組織を大きくするのか?

それは「より儲けたいから」では絶対にありません。

ひとえに「意義のあることも、規模がないと意味がないから」

キャンサースキャンという会社は、私の人生をかけて作り上げる最初で最後で最大のプロダクトになるでしょう。今後も会社のいいところはより磨き、改善点は地道に修復しながら、レンガを積み上げていきます。

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