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Mr.福祉とMs.堀内|堀内希沙乃|2022-23 essay 07

「ふくしデザインゼミ」は、福祉やデザインに興味のある学生たちが、実際の福祉法人を舞台に、分野や領域の垣根を越え、実践的に福祉を学ぶプログラムです。いまはまだ福祉の外側にいる学生たちが、福祉施設をめぐり、その担い手と対話を重ね、図鑑記事を執筆する。編集やデザインの考え方を活用しながら、より本質的なかたちに整えてゆく・・・。このエッセイは、そのプロセスを通して、試行錯誤を重ねた学生たちの思索の記録です。


「福祉との距離は“よっ友”です…!」

9月のふくしデザインゼミ初回。自己紹介の一環で「福祉との距離」を全員が発表するシーンでのひとことだ。これが自分の口から出たときは少し驚き、その後もずっとモヤモヤしていた。なぜなら私は大学で福祉を学んでいる身だからだ。しかも、自分が発したその言葉は、その場しのぎの言葉では無いと感じていた。だから、今回のエッセイでこのモヤモヤについてやっと向き合うことにする。

説明しよう。よっ友とは、「街中などで遭遇したら『よっ』と軽く挨拶を交わすが、それ以上の付き合いはない、という程度の友だち関係を指す俗な言い方」(出典:実用日本語表現辞典)のことである。大学1年生の秋、2年次以降の専攻を選ぶ際に第一希望に選び、希望通り社会福祉を学ぶ身なとった。以来、授業や課題に真面目に取り組み、社会福祉士の資格取得にも励んでいた。これだけ見ると「親友」とでも言えそうだ。にも関わらず、なぜ「よっ友」と言ったのか。

福祉が「よっ友」だったころ、施設見学中の私

近づきすぎるのは怖かった

私は福祉に対して、求められれば近づくが、自分からはこれ以上近寄らないでいい、そんな思いを抱いていた気がする。福祉を知れば知るほど、福祉の世界に入り込むことに対する不安のほうが大きくなっていった。なぜなら、自分がこの世界で活躍できるイメージがもてなかったためだ。

目の前の人のよりよい生活を第一に考え、支援していく。相手のために自分を費やす。大学の同志や現場の人々は本当にその純粋な思いでキラキラと立ち向かっているように見えた。または立ち向かっている覚悟ができているように見えた。そんな人々に出会う度に、「私には無理そうだな」と思っていた。

私は自分の性格について、わがままかつ優柔不断というとんでもなく面倒な性格だと自覚している(外では見せないように気を張っているのでばれていないと信じたい)。だからこそ、福祉は、そんな自分が携わっていい領域ではないと思った。自分の未熟さと至らなさ、裏表を誰よりも知っているからこそ目を背けたかった。だから、大学での学びを経ても、福祉はあくまで学ぶ対象だった。ところが、その私が、ふくしデザインゼミを経たいま、春から福祉の現場で働く一員となった。結構な変化だ。なぜそうなったのか。

八王子福祉作業所の松岡施設長の、6つの要素を考える

接近するという決意

ふくしデザインゼミでの取材を通して、福祉で働く人々のこれまでを知れた。いまは完璧に見えても、それまでの道のりがそれぞれにあることを実感した。また、取材の様子は「図鑑」という形でまとめ、一人につき6個の要素を入れる必要があったため、人物を多面的に捉えるよう努めた。それまでまぶしくて直視できなかった聖人たちは、まぎれもなく自分と同じ人間だったことに気づかされた。そして一人ひとり違った。「聖人」なんて勝手につくり上げていた虚像だった。この人たちにもっと話を聞いてみたい。取材後はいつも心からそう思った。この気持ちが私と福祉との距離を縮めた。

いまでも、福祉の現場で自分が役に立てるのか不安に思う気持ちは大いにある。それでも、取材したこの人たちの世界に入りこんで、精一杯やってみたいと思えるようになった。福祉に接近する意思を固めたいま、もう一度福祉との距離に答えるとしたら、「気になるアイツ」がしっくりくる。マイペースで、手探りで、距離を縮めていく予定である。

|このエッセイを書いたのは|

堀内 希沙乃
(東京都立大学 人文社会学部人間社会学科4年)

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お知らせ ~ふくしデザインゼミ展を開催します!~

ふくしデザインゼミ展は、福祉と社会の関係をリデザインする実践的な社会教育プログラム「ふくしデザインゼミ」の成果を、さまざまな形で鑑賞・体験する企画展。ゼミ生が制作した『ふくしに関わる人図鑑』に関する展示を中心に、トーク、ツアー、さらには「仲間さがし」に至るまで。福祉を社会にひらく、さまざまな企画を予定しています。ぜひお越しください。

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