宙組公演『High&Low The Prequel』(観劇メモ)

宙組公演の『High&Low』を見た。とても面白かったので、ひと言感想を記しておきたい。『High&Low』は原作含めほとんど予備知識がなかった。しかもこの日は、2階奥のB席で遠目からの観劇だったため、誰が何の役をやっているかも、あとからパンフを買って確かめるまでほとんどわからなかった。それでもこの作品の世界観はビシバシ伝わってきた。

物語というか「設定」について最初に少し触れておく。およそ架空の都市(しかし東京の下町風ではある)において、5組の不良グループが覇権をめぐり競い合っている(全く関係ないが5組が拮抗しているというところで、どうしても宝塚歌劇団を連想してしまう)。そこに一組のカップルの純愛物語が絡む。

覇権を争う5組のうちの一つが、主役のコブラ(真風涼帆)がリーダーを努める山王連合会である。ある日、コブラは幼馴染のカナ(潤花)と偶然再会する。しかしカナは不治の病に侵されているらしく、自分は「もうすぐ死ぬ」と打ち明ける。カナは”死ぬまでにやりたいことリスト”をノートに記しており、それらを実現するためにコブラに手伝って欲しいという。渋々承諾するコブラであったが、カナの願いを叶えるためいっしょに町をめぐる間に、お互い特別な感情が生まれてくる。しかし、幸せな時間は長くは続かない。謎の組織が陰謀を企て、5組のグループを巻き込む戦いがはじまる…。

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話としてはおよそ以上なのだが、たいへん見どころの多い作品に仕上がっている。まず、宙組生たちの役の作り込みが半端ない。原作を見ていないので再現率をどうこういうことはできないが、まずビジュアル面の仕上がりが見事だ。これはポスターの段階で期待大だったけれど、実際に舞台で動き回っている姿を見るのは格別である。ド派手な白スーツを着こなすロッキー役の芹香斗亜。登場しただけで”ただものでない感”が2階席奥まで伝わってくる。スモーキー役の桜木みなとも印象に残る。心に闇を抱えた、特異な生い立ちを感じさせる役どころであり、終始顔を伏せがちに演じていた。そのため最初は誰だかわからなかったほどだ。それだけ本気で役を作り込んでいることがわかる。

ビジュアル面ばかりではない。台詞・言葉づかいについても、いかにも”ヤンキー”っぽく聞こえるように作られていて、物語の世界観をうまく伝えている。こんなことを言うと怒られそうだが、登場するキャラクターたちがみな絶妙に”アタマ悪そう”なセリフを話すところが個人的にはツボである。とくに印象に残るのが、意外に思うかもしれないが、やんちゃな男たちの言葉ではなく、潤花演じるカナの台詞と声である。宝塚の娘役というと、「〜〜かしら」とか「〜〜だわ(ですわ)」といった定型化された女言葉が割り当てられることが多い。しかしカナは、「〜〜だよ」とか、「〜〜じゃん」とか、宝塚的娘役の定型に当てはまらない言葉づかいをしていて、とても新鮮に感じられた。また、潤花の娘役としては低く深みのある声が色っぽく、そうした言葉づかいともマッチしていた。

パンフの野口先生によると、今回の舞台は構想から台詞回しにいたるまで、本家の制作チームの協力を仰いでいるという。台詞・言葉づかいがここまで仕上がっているのも、本家チームとの共同作業あってのことなのだと思う。

そして、今回の舞台でやはり注目されるのは、大人数による乱闘シーンだろう。宝塚の舞台でここまで暴力が炸裂することは滅多にないのではないか。夏休みでおそらく小中学生も多く来ている中、多少心配になるほどだった。とはいえ、さすがに宝塚というか、単なる”暴力シーン”では終わらず、暴力が音楽とともにダンスに昇華されていくような、一種の群舞ともいえる場面に仕上がっていた。ただ、大劇場の舞台とはいえ、あれだけの人数で身体が触れ合いかねない動きを演じるのは、危険を伴うことは間違いない。よく訓練された宝塚の生徒たちだからこそ実現できた、迫力あるシーンである。

最後に、娘役たちによる”レディース”グループについても触れておきたい。原作未見なので憶測にすぎないが、おそらく原作にはほとんど女性が登場しないのではないかと思う(注)。したがって、今回の作品は娘役の用い方に工夫が必要だったと思われる。解決策として、ピンクの”レディース”風衣装を着た、「苺美瑠狂(いちごみるく)」なるグループが登場する。リーダー格の純子(天彩峰里)は、勝ち気で物怖じしない性格であるが、コブラのことを密かに想う純情さを持ち合わせている。この辺りはなんとなくステレオタイプな”女ヤンキー”といった感じである。しかし、天彩をはじめグループの娘役らの演技がかなり振り切れたものだったために、ステレオタイプな女性像(あるいは宝塚の娘役像)に収まらないところがよかった。

言葉づかいが完全に”ヤンキー”のそれであり、床屋に来れば股を大きく開いて座り、肩を怒らせてしゃべる。娘役のイメージを真っ向から裏切ってくれる。演じている本人たちもなんだか楽しそうだ。くわえて喧嘩の場面もかなり本格的である。いわゆる”キャットファイト”(この言葉は嫌いである)の域ではなく、男役とほとんど同じレベルで暴れ回る。以前の星組公演『柳生忍法帖』でも”戦う娘役”を見ることができたが、あの時はまだしも武家のお嬢さんの”上品さ”を保っていたように思う。ところが今回は、本当になりふりかまわぬ暴れっぷりで、見ていて気持ちがよい。多くの宝塚ファンは、ふだんの生徒さんをよく知っているだけに、今回の舞台ではそのギャップを存分に楽しむことができると思う。

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色々と書いてきたが、今回の舞台は、これまでの宝塚の常識から一歩かそれ以上踏み出す、果敢な挑戦であったと思う。その分、「清く、正しく、美しく」のモットーから随分離れてしまったと受け止める人もいるかもしれない。だが、今回の舞台を見てひしひしと感じるのは、みなで一丸となってよい舞台を作り上げようとする姿勢であり、結局のところそれは、「清く、正しく、美しく」の精神に通じているはずである。宙組生はもちろん、野口先生はじめ製作陣の意気込みとこだわりを感じることのできる舞台であった。

(注)後で調べたところ、原作にも女性は登場しており、「苺美瑠狂」というグループも原作由来であることがわかった。

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